ヘッドハンティング
「あなたの技士としての腕は素晴らしいですね!我々の会社で一緒に開発をしませんか?」
そんな時に声を掛けてきたのは、タイムトランスポートどいう会社の福岡という人物だった。
取引先でも無い会社からヘッドハンティングされる所以などあるはずもなく、岡山はすぐに断ったが福岡は何度も出直して誘ってきた。
「入社しなくても構いません。一度、我社の研究所を見学してみませんか?」
福岡は穏やかな微笑みを浮かべて誘ってきた。
正直、何度も繰り返し説明された研究に心惹かれはじめていたことは否定出来なかった。今の職場に恩義は感じているが、仕事に魅力を感じているわけではなかったのだ。
だから、一度見学するだけなら、と岡山は気が付けば頷いてしまっていた。
案内された場所は赤坂にあるという本社ビルだった。ビル自体はそんなに大きなものでは無かったが、赤坂という一等地に自社ビルを持っている事が驚きだ。
『タイムトランスポートサービス』という会社はこれまで聞いた事は無かった。
とはいえ、自他ともに認める社畜の岡山はほとんど自宅と職場の往復しかしておらず、世情にお世辞にも詳しいとは言えないので、もしかしたらそれなりに知名度のある企業かもしれない。
最初に、研究所内の事は一切外部に漏らさないという誓約書を書いて、記録媒体の持ち込みは禁止なのでということで手荷物ごと携帯を預けた。プログラムや設計に関わっていると携帯やUSBフラッシュメモリなどの持ち込みが禁じられているところは割とあることなので特に疑問は感じなかった。
そうして案内された研究所は、このオフィスビルの地下にあった。エレベーターで行けるのは地下一階までで、そこから福岡は途中のドアに触れることもなく真っ直ぐと廊下の奥まで進んで突き当りのドアまで行く。それからドア横の壁にある機械の前に立った。どうやら顔認証らしい。
岡山は、期待に胸を膨らませて福岡に促されるままにドアの中に入るが、見たところ普通に席が六つ、島を作るように並べられていて、それぞれの机の上にディスプレイとキーボードが置かれている。これといった特徴の無いオフィス風景だった。違いといえば、場所が地下のため窓は無いがただそれだけである。
天井には学校の教室のように蛍光灯が並び、通気孔や空調も整えられているので、暗いとかジメジメとかいう感じはしなかった。
働いている人は二人居たが彼らはちらりとこちらを見ると福岡に会釈して再びパソコンに向かう。
「おや、所長が居ませんね」
福岡はそんなに広くもないオフィスを見回して、目的の人物の姿が無い事を咎めるように片眉を上げた。
岡山は自分にされたわけでも無いのに思わず肩を竦めてしまう。
「どうせ研究に没頭して時計を見るのを忘れているのでしょう」
岡山も覚えのある事なので、どうしようかと思いつつも口元が緩んでしまう。
福岡は、仕事をしている二人にそれぞれ所長を呼んで、お茶を持ってくるように指示をした。
適当に空席に座るように促されて福岡と隣り合った席に座る。
本当は所長に説明させる予定だったと前置きをして、福岡はタイムトランスポートシステムの概要を話し始めた。
未来の任意の場所に荷物を送るシステムだと聞いて、岡山は大学院時代の研究室を思い出した。
あの時は、決められたゲートを繋ぐ研究だったが、遠く離れた場所に人や物を送るという共通点がある。
温かい緑茶がすっかり冷たくなった頃、ようやく所長が訪れた。
記憶の中から幾分と白髪と皺を増やしていたが、そこに居たのは紛れもなく先程思い出したばかりの研究室の主であった秋田教授だった。
岡山も驚いたが秋田も驚いたようで僅かにピクッと目尻が動いた。アンドロイドと呼ばれるだけあってほとんど無表情に見えるかもしれないが、それなりに付き合いの長かった岡山には秋田の表情の変化が分かったのだ。
「……岡山君か」
「知り合いでしたか?」
秋田が発した小さな呟きに、福岡も驚いたようにそう言ったが、一瞬、してやったり、という表情を浮かべたのを、岡山は見逃さなかった。そのため驚きの声は随分と白々しく感じてしまう。
ずっと、なんで自分がヘッドハンティングされるのか謎だったが、ようやく納得出来た。
福岡はおそらく岡山が秋田の研究室に居たのだと知って声を掛けてきたのだろう。
「秋田所長、研究所の案内を頼みましたよ」
秋田に言葉は無い。踵を返して歩きだしたので岡山はその後についていく。
そうだ、この感じだ。他の生徒は戸惑いしか覚えない一見シカトのように思えるこの態度。しかし、秋田は全身でこちらの気配を探っている。ついてこいと言っているのだ。
岡山は懐かしい空気にワクワクするのを止められなかった。
更に奥にあるドアで再び顔認証があり、鍵を開けた秋田に遅れないようそのドアを通り抜ける。
そこにあったのは下りの階段。研究所は、更に地下にあった。
夢中になると視野が極端に狭くなる岡山は、流されやすい性格も相まって実に三ヶ月もの間、研究所に引き籠もったのだ。
まるで秋田の元を離れていた十五年の年月を埋めるように。




