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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 6.岡山栄治
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根無し草

 どこか喪失感を抱えてやる気の出ない就職活動をしながら派遣社員をやっていたのは見え見えだったからか、両親には喝を入れられ、それでも覇気の無いまま惰性で暮らしていたら実家を追い出された。

 一人暮らしのためのアパートの保証人になってくれただけでも有り難いのかもしれない。

 職場でもやる気が無いのがバレバレだからか、どこへ行っても三ヶ月の更新時期で契約が延長されることはなかった。

 岡山は機械いじりがハード面でもソフト面でも特化していたが、大学院を出て以降、その得意分野を活かすことはなかった。

 派遣の内容も工場のラインなどの単純作業を選んでいる。何も考えず体を動かしていれば終わっている仕事が有り難かったのだ。

 それ以外は選り好みせず派遣会社のエージェントに言われるがままに各地を転々とした。学校を卒業してしまえば縁の切れるような希薄な友達作りしかしてこなかった岡山は地元に拘る事も無かった。

 その都度、新しい住処の保証人になってくれる親には、心配を掛けているのだろうな、と思う反面、実家を強引に追い出された事が棘となり、顔を合わせる事はしなかった。

 大学の写真部で気が合った滋賀だけが、飲みに行かないかとか、何処かの名所に写真撮りに行かないかとか度々誘って来るのが唯一の交流だった。東京で就職している滋賀と地方を転々としている岡山ではその誘いの半分以上は実現しないが、滋賀の押しに負けて細々と繋がりを持ち続けた。

 直接会ってもメールでもひたすら滋賀が喋るのに相槌を打っているだけ。近況は聞かれはするのだが胸を張って言える生活は送っていないので、曖昧に返すだけだった。

 そんな会話の何が面白くて岡山を誘ってくるのかわからなかったが、居心地は悪くなかった。


 派遣先が変わって契約書に署名するたびに、次の三ヶ月は無いだろう、という思いが過った。

 そうして、五年近くそんな生活をした時に、現実に次の契約が無くなってしまったのだ。

 これまでも最低限の手取りで貯金はあまり無かったため、このままではすぐにお金が尽きてしまう。家賃が払えなくなる前に安アパートの契約は解約した。

 頼るところは実家しか無かった。またすぐに追い出されるだろうけど、ひと月くらいなら居させて貰えるかもしれない。そんな甘えた気持ちでフラリと地元に戻った。


 それは本当に偶然だった。

 飲み物を買おうとコンビニより少しでも価格設定の安いスーパーへ入ったらそこのレジ打ちが高校時代に密かに憧れていた同級生の宮崎さつきだったのだ。

 先に気付いたのは彼女の方だった。驚いた顔の後に「久しぶり」と笑顔を向けられると高校時代に抱えていた淡い想いが溢れ出した。

 もう後十分くらいで終わるから晩御飯に一緒に行こう、と誘われて、もちろん一も二もなく頷いた。

 そして、そのまま実家に帰ることは無かったのだ。

 淡い思い出話が切っ掛けで、気が付けば岡山はさつきの2DKのアパートに転がり込んでいた。

 なし崩し的にヒモのような生活をしてようやくこのままでは駄目だと一念発起した。ちゃんと自立をしなければと、およそ二ヶ月で新しい派遣先を見付けたのを切っ掛けにさつきの元から離れた。三ヶ月間、派遣で働きながら正規雇用先を本気で探した。

 そうして、ようやく正規で雇ってくれたのは、かつて派遣で行ったことのある食品工場だった。

 派遣の頃はライン作業だったが、一度機械が不調で止まってしまった折に技士の到着に時間が掛かると騒然となっている中、ものの十分程で再稼働させた事があったのを工場長が覚えていてくれたのだ。

 惰性で生活していた岡山はその話をされるまで、自分が来たことのある工場だとは気付いてもいなかった。

 人の縁というものはどこで繋がっているのかわからないものだ。これまでの希薄な人間関係を反省し、この正規採用を期に実家や滋賀に自ら連絡を取った。

 しかし、さつきには連絡を取らなかった。電話番号やメールアドレスを知らないという事もあるが、合わせる顔がなかったという理由が大きい。

 それに、あれは夢だったのでは無いかと思ったのだ。就職して一年、二年と過ぎると二ヶ月は僅かな期間でしかなく、高校時代に憧れていた女性に甘やかされて過ごしたなんて、自分にとって都合のいい夢を見ていただけなのかもしれない。そんな夢を見てしまうくらい、自分はどこかが壊れてしまったのかもしれない。さもなくば、狐か狸にでも化かされたのだ。

 そう考えると、もうそれが正解だと思えて、あの二ヶ月は心の奥底にしまい込み、そっと記憶の鍵をかけてしまった。


 岡山は工場の技士として我武者羅に働いた。

 どうしょうもなくやる気の無かった時期を知っていたにも関わらず、雇ってくれた工場長に恩を返したい。ここに骨を埋めるのだという覚悟もあった。

 年に一回くらいバツイチになった滋賀と独身同盟を組みながら飲む以外は仕事に打ち込み続け、気が付けば十年近く経っていた。

 四十歳を目前にしてもう下火にはなっていたが「早く結婚しろ」と言う両親が煩わしく再び実家との連絡は途絶えがちになっている。

2022.09.12 文言修正

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