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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 6.岡山栄治
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秋田教授

 岡山がI県にある山奥の大学の院を卒業したのは二十四歳の頃だった。

 秋田教授は、合理主義なところがあって、計算不可能な人間よりもよっぽど機械の方が誠実で素直だ、というのが講義中の口癖だった。実際、人間には興味が薄いらしく、遅刻しようが居眠りしようが代返に気付こうが何もしない。

 余計なことをしない分機械の方が可愛いと言わんばかりに、淡々と講義を続ける。

 大学の写真部で妙に気が合って友人となった滋賀に言わせれば、秋田自身が機械仕掛け(アンドロイド)らしい。講義を受けたことのない文系学部の生徒にもそう言わせるのだから、その感情を揺らさない無関心ぶりは大学内でも有名なのだろう。

 そんな人嫌いがよく教育者になったものだと思うが、大学の経営者が研究者としての秋田に惚れ込んで研究費を餌に講義を引き受けさせているとの噂だ。もちろん真偽の程は定かでは無い。

 秋田は結婚もしておらず独り身なのに、身だしなみを崩すこともなく、皺のないパリッとした白衣と寝癖など許さぬと言わんばかりにきっちり固められたオールバックが、いつも寸分違わずといった(てい)で機械らしさに輪をかけていた。

 秋田の講義は緩いが、その分試験結果やレポート提出がすべてで単位取得に温情は無い。容赦なく切り捨てる秋田に苦手意識を持つ学生が多い中、岡山にとっては何をすればいいのかはっきりしていて好ましい授業だった。

 いつも楽しげに秋田の講義を受ける岡山が珍しかったからなのか、大学卒業が近付いているのに就職も決まらない岡山が秋田の研究室に誘われたのだ。

 岡山は院に行くことは考えて居なかったが、就職までに二年の猶予が出来る事に飛び付いた。就職浪人よりも遥かにいいし、汎用的な講義の内容だけでは少し物足りなく感じていたという事もある。


 秋田の研究室では、秋田が独自に作ったプログラム言語が使われていた。質問しても秋田は気まぐれにしか教えてくれなかったので、岡山は独自にその言語を分析して過ごしていた。

 求められて研究室に入ったはずだが、研究の手伝いを頼まれることも無かった。ただ同じ空間で過ごすだけで、岡山は何故秋田自ら誘ってくれたのか分からなかった。

 他の学生は居なかった。いや、初めは居たのだが、声を掛けたのは岡山だけらしいので、自ら望んできた筈なのに何の指導も受けられないという苦行に早々に逃げ出してしまうのだ。

 秋田の独自プログラムは独特で難解なものだった。世の中のプログラム言語の主流は英語ベースのものだ。

 しかし、アルファベットですらない見慣れぬフォントにキーボードのどれを押したらその文字に変換されるのかも手探りで、ようやく見付けた単語は英語ベースでも日本語ベースでもなくどう発音していいかも解らない。研究以前の問題としか言えなかった。

 それでも岡山はまるで考古学のようなそれを黙々と続けた。それなりに言語を理解するのに三ヶ月を費やした。モジュールもフレームワークもあるオブジェクト指向言語で、既にカプセル化されている部分は完全にブラックボックスだ。何を言っているのかちんぷんかんぷんかもしれないが要は全容を見ることは叶わず『それなり』にしか理解出来ないというだけだ。

 それでも、その『それなり』が出来るようになった頃から、ポツリポツリと秋田と会話するようになった。


 秋田が研究していたのは、遠い場所でも一瞬で移動出来る…簡単に言うとどこでもドアだ。とは言っても、本当に『どこでも』というわけではなく主要な場所にゲートを置きそのゲート同士を行き来する事が出来る機械を作ろうとしていた。

 毎日電車で揺られて更に駅から坂道を登って来ている岡山からしても、それが実現すれば生活が変わるだろうと思った。しかし、それは夢のような話で実現するにしてももっともっと未来の話だとも思っていた。

 そんな岡山の所感はあっと言う間に消え去った。岡山がもうすぐ院を卒業するという頃になって、秋田は第一段階の物の転送は成功させたのだ。しかし、課題は山積みだ。

 問題点の一つは、転送はしたものの、瞬時とはいかなかったのだ。ゲートAで消えたボールペンがゲートBに出てくるまでに軽く二十時間程掛かった。

 他にも細かい問題はあったが、最大の問題点は生命(いのち)を転送出来ない事だった。転送の間に生命活動が維持出来ない。実験用マウスの死亡率は百パーセントだ。これでは、転移など夢のまた夢だ。

 それでも、時間はかかるにしても転送が出来たのだから、秋田が凄い事には変わりない。

 このまま続けていればやがて全ての問題点を克服出来るのでは無いかと思うこともあった。

 しかしながら、現実的な問題として、岡山は大学院を卒業して秋田の元を去ることになった。

 この時、研究室に誘ったときのように秋田から声を掛けられていれば助手として残る道もあったかもしれないが、声も掛けられていないのに助手以下の事しか出来ない岡山が自ら残りたいなどとは言えなかった。


 結局、大学院を出ても社会に役立つ技術を勉強していたわけでも無く、研究室に閉じ籠もってまともに就職活動をしていなかったので、卒業後は派遣登録をしてなんとか生活していた。

 社会的な体裁から正社員にならなければという思いもあったが、秋田の独自プログラムの解析に掛けたほどの情熱は持てなかった。

2022.09.05 文言修正

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