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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 1.熊本晃
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息子のお願い

閲覧、いいね、ブックマークをありがとうございます!

 残業を終えて凍てついた空気に白い息を吐きながら熊本晃(くまもとあきら)が自宅の前に帰り着いたところで、リビングに煌々と明かりが付いている事に首を傾げる。

 いつもなら四歳の息子の皐太(こうた)と妻は子供部屋で既に休んでいるはずだ。

 何か有ったのかと心配しながら家の鍵を取り出す。厚手の皮手袋に覆われたままだと鍵が掴みにくくて仕方なく右手の手袋を脱ぐと冬の寒さに手が刺されるようだった。

 ようやく家に入ればほんわかと暖かい空気に包まれて、ホッと息をつく。

 左手の手袋も脱ぎながらリビングに入ると、「おかえりなさい」の声に迎えられた。

 とん、と軽い衝撃があって息子の皐太に抱き着かれたことに気付いた。


「ただいま。まだ寝てなかったのか」

「皐太がどうしてもパパにお願いしたい事があるんだって」


 明日は休日とはいえ、二十一時を過ぎても起きている息子に小言を言うと妻が慌てて止めてきた。

 熊本の足にしがみついてお願いとばかりに見上げてくる息子に降参してソファーへと座らせると自分も脱いだコートを妻に預けてネクタイを緩めながら息子の隣に座る。

 付きっぱなしのテレビが、どこかの池だか湖だかで身元不明の遺体が見つかったとか伝えてくるニュースが気になったが皐太はお構い無しに話し始めた。


 息子の話をまとめるとどうやらサンタクロースに会いたいらしい事が分かった。幼稚園の友達に『サンタはいない』と言われてケンカした事をあっちこっちに話を飛ばしながら説明してくれた。

 クリスマスイブに皐太と一緒に夜更しをしてサンタさんを待つ約束をした。可愛らしいお願いではあるが、皐太のサンタクロースは、プレゼントを枕元に置いている熊本なのだから、自分が一緒に待っていたら永遠に来るわけがない。

 まぁまだ四歳だから朝までには寝てしまう事を待つしかないか。

 熊本がそんな事を頭の中で計算しながら、皐太のお願いに頷くと皐太も妻も満足そうに笑って子供部屋に行った。


 一人になったリビングでさてどうするか、と考えるが、やはり皐太が寝落ちするのを待つ以上の案は考えられない。

 テレビはいつの間にかニュースが終わってコマーシャルになっていた。

 そこには香川なんとかとかいう名前の女性アイドルが映っている。亡くなった親友から誕生日プレゼントを貰ったという内容のコマーシャルだった。TTSとかいう聞き慣れない会社のコマーシャルだが、『未来に荷物を届ける』サービスらしい。一言でそう言われてもいまいちピンとこない。

 テレビの中では、香川の前に、急に赤い光と共にショートケーキとメッセージカードが現れて、香川が目を丸くして驚いている。香川が恐る恐る手を伸ばしてカードを開くと丸かった目があっという間に細められその目には涙が溢れてくる。

 それは、数日前に手術をして助からなかった親友からの贈り物だった……。

 この内容が、台本なのか実話なのかは知らないが、赤い光と共に荷物が届くというところに熊本は惹かれた。


 偶然にも熊本が勤める会社は、三田(みた)にあり、TTSの実店舗を桜田通り沿いに見掛けていたのだ。

 昼休みにでも仕事帰りでもいいから、一度行ってみようと考えた。


 翌日、熊本は仕事帰りにTTSへと向かうことにした。既に十二月の半ばになっているので、定時すぐのこの時間はどこかしらからクリスマスソングが流れ、赤と緑のクリスマスカラーが溢れていた。

 TTSと書かれたガラスの自動ドアが開くと柔らかい女性の声で「いらっしゃいませ」と迎え入れられ、キャビンアテンダントのようなまとめ髪と紺色のスーツ姿の店員に案内されて、白い椅子に座った。

 まだ知名度の低いサービスだからか他のお客の姿は見えない。


 胸に宮なんとかという名札を付けている店員からサービス内容を丁寧に説明されて、三時間後に届けるならば680円かと、思っていたよりも安い価格に熊本はホッとした。皐太の夢を守ると思えば安すぎる価格だ。

 三時間後から六時間後の一分前まで同じ価格帯なので、荷物を預けてから家に帰れるし、なんなら余裕で晩御飯と風呂を済ませる事も出来るだろう。

 後は皐太と一緒に子供部屋でプレゼントが届くのを待てばいいのだ。


 プレゼントの代わりに渡される予定のタグは、コインロッカーの鍵に付いているような楕円形の透明なプラスチックっぽい板だった。

 厚みはそんなにないので、枕元に置く大きな赤い靴下の中に放り込んでおけば目立たない。

 サンタの姿を見ることは出来ないが、少なくとも急に現れたプレゼントを見てサンタクロースの正体は親だ、とは思わないだろう。

 「是非ご検討下さい」と店員が笑顔で差し出したパンフレットをビジネスバッグにしまい込むと、熊本は店を後にした。


 家に帰るとすぐに子供部屋で寝ている息子を起こさないように妻だけをリビングに連れ出すと、パンフレットを見せて説明した。最初は寝ぼけた頭で理解が追い付かない妻だったが、二度目の説明でなんとか分かったらしく、嬉しそうに賛同してくれた。

 押し入れの奥に隠されている息子へのクリスマスプレゼントは、近所のショッピングストアの名前がプリントされた紙袋に入っていた。

 熊本が紙袋の中を覗くと赤い袋と緑のリボンでラッピングが見える。

 これはもう一度押し入れの奥にしまって、後日、会社に持っていく事にする。足元が狭くなるが当日までデスクの下にでも置いておくことにしよう。妻にはコレが入る靴下を用意してもらうようお願いした。

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