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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 5.島根紘子
17/37

私が行きます

※残酷な描写という程でも無いとは思いますが、遺体の話が出てきます。苦手な方はご自衛下さい。

「I県の仏さん、身元が判明したらしいぞ」


 部長のその言葉に事務所内がざわつく。

 半年程前の冬に観光地から外れた山中にある池に浮かび上がった遺体の事だ。

 島根紘子(しまねひろこ)は少し考えて、その事に思い当たる。


「名前は秋田栄介(あきたえいすけ)


 工学系の研究者で大学教授をしていたこともあるらしい。

 部長が続けてそう告げた時に、視界の端で青褪めた滋賀武史(しがたけし)を捉えた。


 どちらかというと紘子は滋賀が苦手だった。

 滋賀は紘子の父親くらいの年で、ベテランの大先輩ではあるがいい年して若い時から変わらず噛み付くような記事を書いている。まったく忖度しない姿勢はむしろ紘子の目指すところではあったのだが、過去に書いていたたった一つの記事が原因で紘子は滋賀と距離を置いていた。

 それはTTSという未来に荷物を届ける、というなんとも信じ難いサービスを提供している会社の記事だ。

 兄の影響で大っ嫌いだったTTSに好意的な記事を書いた、ただそれだけで裏切られた気になっていたのだ。

 だが、それも最近、彼氏から婚約者となった石川のおかげで、そこまで目くじらを立てるものでも無かったと反省したのだが……。とはいえ、わざわざ急に擦り寄るのもなにか違う。

 そのため、普段ならば用事もないのに声を掛けたりはしない……はずだったのにあまりにも滋賀の様子がおかしかったので思わず声を掛けてしまった。

 ビジネスチェアーではひっくり返ってしまいそうだったから、パーテーションで区切られた打ち合わせスペースのソファーに誘導する。

 区切られた場所とは言っても、同じフロア内で可動式の板で囲っているだけの空間なので、部長の声は筒抜けだった。


 池の中から見付かったのにも関わらず秋田はほとんど水を飲んでいなくて外傷もない。だから、たまたま池のそばで心不全を起こして呼吸が止まった状態で池に落ちたのではないか、と仕入れた警察の見解を部長が述べている。


「俺が行く」


 さっきまで青い顔でフラフラしていたはずの滋賀が思いの外しっかりとした声で名乗りを上げた。


「いや、ただの事故だし目玉にはならんから、若手でいいだろ」

「秋田はTTSの開発者だ」


 ベテランの滋賀を担当者にすることに部長は渋ったが、滋賀は食い下がった。

 滋賀はTTSの開発者という言葉だけで明言しなかったが、部長とやるやらないの応酬をしている内容端々から事故ではなく事件だと思っているのだと感じた。


「若手がいいなら私が行きます」


 自分がやるべきという直感に従って紘子は立候補した。

 するとこれまで争っていた二人が口を閉ざしてこちらを見る。フロア内で仕事をしながら話を聞いていた同僚達も仕事の手を止めて様子を窺っている。


「滋賀さん、知り合いだと判断鈍りますよ」


 反論しようと口を開きかけた滋賀にピシャリと言い放つ。

 更に言い訳をしようとする滋賀の機先を制する。


「以前、取材した相手ですよね?まずは滋賀さんにインタビューさせて下さい」


 この件に関してはあなたも取材対象だ、と言い放つと部長が面白そうにククッと忍び笑いを漏らした。


「よし!島根お前が担当だ。滋賀は大人しく取材されろ」


 部長の一声でこの話は終わりだ。フロア内は時間を取り戻したかのように動き始める。

 滋賀の顔色は幾分か落ち着いていたが、まだ本調子ではなさそうだったので、そのまま打ち合わせスペースに引き止めた。

 改めてソファーに座らせると給湯室の冷蔵庫から冷たい麦茶をグラスに注ぐと滋賀に渡すと、彼は半分程を一息で飲んだ。


「……お前、俺のこと避けてただろう?何でだ?」

「スクープのニオイがしたからですよ」

「いや、ただの事故かもしれないぜ?」

「ありえませんね」


 紘子も根拠があるわけではない。ただただ勘だとしか言えないのでこれ以上突っ込まれたら答えようが無かった。それでも、何食わぬ顔で言い切った。

 滋賀は残っていた麦茶を一気に飲み干すと、何かを探るように目を細めた。その鋭い眼光に背筋がひやりとするが、紘子が目を逸らすことはなかった。

 確かもう五十を越えているはずなのに衰えは感じない。


「インタビューするんだろ?何が聞きたい?」

「秋田との関係は?」

「大学の教授だった頃に俺もその大学に在籍していた。最も俺は文系で工学系の秋田教授の講義は受けていないがな」

「知り合いではあったんですね。それなら、三年くらい前ののTTSの記事が友好的だったのは、顔見知りだったからですか?」

「……ああ、あれか。少し違う」


 滋賀は、宙を見つめて顎を撫でながら思案に耽る。

 しばらくじっと何も話さなかったが、やがてポツリポツリと語り始めた。

 同じ大学内に居たとはいえ、専攻の違いから滋賀と秋田には接点は無かった。

 秋田教授は講義よりも研究熱心でおよそ他人に興味を示すタイプでは無かったから尚更だ。

 そんな秋田教授が唯一目にかけていたのが、岡山という学生だという。

 岡山も工学系の専攻で授業では滋賀と接点は無かったが、同じサークルに所属し、そこで意気投合したそうだ。

 滋賀は四年で大学を卒業し、岡山は院生として秋田の研究室に残った後も、滋賀と岡山の交流はずっと続いていた。


 そこまで話しをしてもらった時に打ち合わせスペースの内線が鳴った。

2022.08.28 前書き修正

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