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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Insert.宮崎あかり
16/37

思い出話

「TTSの研究所ってどこにあるんですか?」

「……機密らしいわ。私も知らないの」


 結局、遠回しな質問があかりの口から飛び出した。

 滋賀の話では携帯の電波が届かないような山奥と聞いた気はするが、技術者達が店にも研究所にも通っている事を考えると、関東圏ではあるのだろう。

 東京都でいえば西側、奥多摩や秩父などには深い山奥がありそうだ。あとは隣接県。山深いとなると、千葉県や神奈川県などの関東の南側よりも群馬県や栃木県の方だろうか。

 だけど、それなりに長く勤めている宮城でさえ、研究所がどこにあるのか把握していないようだった。

 それにあかりが本当に聞きたいのは研究所の場所ではない。TTSに勤めている身としては気になるが、それよりも気になることは岡山の事だった。


「…前に店に来ていた技術の人ってどんな人なんですか?」

「技術の担当者はみんな無口でちょっと取っつき難いじゃない?その人も口数は少なかったのだけど、もっと穏やかな感じだった」


 注文していた食事が届いて宮城は一度口を閉じた。

 目の前には、二人が注文したジョッキに入ったビールと揚げ豆腐やししゃもの唐揚げといった一品料理が並んだ。


「穏やかで…普段は無口なのに好きな事を話し始めるととても雄弁になった。そうね、大学の講義みたいだった」


 店員がこの場を離れると、宮城はそう続けた。

 だけど、ここでピタリと口を閉じる。それから、宮城は眉を顰めて難しい顔をした。


「TTSの機械についてどんな話をしてたんですか?」

「……それより、何か悩んでいるんじゃないの?」


 あかりが続きを促すと、宮城は難しい顔を隠して笑顔の仮面を被ってしまって、あからさまに話を変えようとした。


「悩んでいるって言うか…その技士さんの事が知りたいんです」


 宮城が話を変えたがっている事には気付いたけれど、あかりが知りたい事はまさに今宮城が語っていた人物の事だったのだから仕方ない。

 このままあかりが誤魔化し続けたら、宮城も誤魔化し続けるだろう。そんな気がしてあかりは、思い切って打ち明けることに決めた。


「岡山さんってもしかしたら私のお父さんかもしれないんです」


 小学生の頃に滋賀という名のジャーナリストが母さつきを訪ねてきた事。当時、滋賀は岡山栄治という人を探していた事。大学三年生になって、滋賀の名刺を見付けて一度会ったことがある事。さつきは父親に関して何も話してくれない事。

 あかりの話が終わっても、宮城はしばらく考え込むように黙っていた。長く続く沈黙にあかりの眉が下がる。


「……前にもその困った顔が似てると思った事があるの」


 ようやく口を開いた宮城だったが、あかりにはその言葉の意味が分からずますます眉がハの字に垂れ下がる。

 困り果てたあかりに構わず宮城はピッと人差し指を立ててあかりの眉間を指差した。


「その眉毛、岡山さんを思い出すのよ」


 ふふふっと小さな笑い声をあげた宮城にあかりも釣られてふにゃりと笑った。

 今度は宮城が、岡山の話をする。何気ない雑談の話だ。教えてもらった干支がさつきと同じだった。滋賀から岡山とさつきは高校時代の同級生だと聞いていたから、その干支がさつきとも同じであかりの胸が騒いだ。

 まだ父親と確定したわけでは無いけれど、眉の形が似ていると言われると血縁なのでは無いかと胸が高鳴る。


「私が最後に会った時はガッチリした体格の男達に連れて行かれたところなの。それから暫くして研究所の所長になったと聞いたわ」


 他愛も無い雑談の時には二人して笑ってユルユルな空気が漂っていたその場が、宮城のその言葉にピシリと場の空気が締まる。

 さらりと宮城の口から出てきた言葉は、あかりにとっては予想外に重たい内容だった。

 そんなドラマのワンシーンのような現実が目前で繰り広げられたのなら、最初に宮城が口を閉ざそうとしたのも無理はない。

 ただ父親らしき人に会ってみたかっただけなのに、なんでこんな話になるのだろう。

 あかりが内心パニックになりながらも、宮城の話を漏らさぬように耳を傾ける。

 宮城が新卒で入社してニ年目。ちょうど今のあかりと同じ歳の出来事だったのだという。宮城が入社してからほぼ一年間、他の人が居ない早朝だけの僅かな交流だったから、そんなに多く語られる事があるわけではない。

 それでも、宮城が岡山に対して敬意を持っていたことはわかる。尊敬する先輩が尊敬していた人。その人が父かもしれないということが、あかりは嬉しかった。

 だけど、連絡先も分からないし研究所の存在も秘匿されている。手紙を書いたら無口な技士達は届けてくれるだろうか。

 その反面、心の片隅では頑なに父親について話さないさつきの事も気になる。母の為にもこのまま知らない方がいいんじゃないか、と。


「滋賀さんっていう人にもう一度会ってみるべきだと思うわ」


 研究所の場所も岡山への連絡先も分からないから、岡山には会えないものだと思ったあかりに、宮城はそう提案した。

 岡山の友人で携帯番号を知っており、TTSの記事を書いた人。言われてみたら、なんで自分で気付かなかったのだろうと思う。


「もし同席を許されるなら、私も滋賀さんに話を聞きたい」


 宮城が一緒に会ってくれるなら、むしろ心強い。あかりは意を決して肯いた。

2022.07.26 県名に「県」を付加

2022.08.28 誤字修正

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