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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Insert.宮崎あかり
14/37

ジャーナリスト

 宮崎あかりには父親がいない。

 父親が残したものでさえ何も無かった。母さつきに聞いても何も答えてはくれない。

 あかりがまだ小学生の頃、さつきを訪ねてきた男がいた。その男はジャーナリストだと名乗っていたが、漏れ聞こえる話からどうやらあかりの父親らしき人の行方を探しているらしかった。

 だけど、この時もさつきは何も語らなかった。隣室でこっそりと聞き耳をたてていたあかりにはその尋ね人が本当に父親なのかどうかもわからないままだ。

 ただ、そのジャーナリストの独特な声質が妙に耳に残っている。

 あかりが中学生になる頃には、父親がいない事なんて気にならなくなっていた。

 居ないものは居ない、ただそれだけだったのだ。


 そんなあかりが再度父親の事を考えるようになったのは進路に悩む大学三年生の時。

 ずっと女手一つであかりを育ててくれたさつきが過労で倒れた。さつきの入院のための荷造りをしている時に棚の引き出しの奥に仕舞われた黄ばんだ名刺を見つけたのだ。

 その名刺には『滋賀武史(しがたけし)』という名前が書かれていた。

 あかりはひと目で、この名刺は小学生の時に訪ねてきたあのジャーナリストのものだとわかった。

 更にはさつきがこの名刺を残していた事実が、あの時の尋ね人が父だった事の証明のように思えた。

 それに気付くと(にわか)に父の事を知りたくなった。自分ではすっかり忘れて気にしなくなっていたものだと思っていたが、ただ蓋をしただけだったようだ。


 十年以上前の名刺に書かれていた電話番号は『現在使われておりません』という虚しいアナウンスを繰り返した。

 慌ててインターネットで雑誌社を検索したら、三年程前に引っ越しをしていたらしい。

 サイトに載っている番号へ電話してみると、先程とは打って変わって驚くほど早く繋がった。


「ライターの滋賀武史さんはいらっしゃいますか?」

「御社名とお名前をお伺い出来ますか?」

「会社ではありません。宮崎あかりと言います」


 御社名を、と聞かれてひやりとした。仕事ではなく個人的な電話をして断られるかと身構えたが一瞬の間があった後「少々お待ち下さい」という言葉と共に保留音に変わった。

 そして、殊の外あっさりと滋賀と名乗る男性に取り次いでもらえたのだ。

 あかりが改めて名前を名乗り、およそ十年前に母さつきを訪ねたか確認したところ、滋賀は特徴のある声であかりの質問を肯定した。


 日を改めて滋賀と待ち合わせをした。滋賀はヒョロリとした痩せぎすだが、きっちりとスーツを着ており小ざっぱりとした印象だった。正直、もう少し大きくて無精な格好をした人だったような記憶があったが、当時小学生だったあかりからしたら、今より大きく見えていただけなのかもしれない。あれから十年経っているのだ。おそらく記憶違いもあるだろう。

 あかりは、そこで初めて父かもしれない(ひと)の名前を知ることが出来た。それは『岡山栄治(おかやまえいじ)』という名だったが、正直ピンと来ない。

 さつきからは聞いたことのない名前だった。殊の外、父親の事を隠しているので聞いたことがないのは当然と言えば当然だ。

 滋賀の話では、さつきと岡山は高校時代に同級生で、滋賀と岡山は大学のサークル仲間だったそうだ。

 大学卒業後、滋賀は雑誌記者、岡山は技術者として就職した後も時々飲みに行ったり、遊びに行ったりする仲だったのに急に連絡が取れなくなったそうだ。

 何故か嫌な予感がした滋賀は、心当たりのあるところはすべてあたった。その中に、初恋の思い出として岡山が漏らした事があったのが、さつきの名前だったらしい。

 だから、岡山があかりの父親かどうかは知らない、との事だった。

 結局、音信不通になって三ヶ月程経ってから、岡山自身から滋賀に連絡があり、タイムトランスポートサービスという会社に転職した事を教えてもらった。

 携帯の電波も届かない山奥が研修場所で、急に決めた転職のためバタバタして連絡を忘れてしまった、と言われてしまえば、その時の滋賀は、あまり深く考えずそんなものかと納得してしまったそうだ。

 二年ほど前……あかりが大学に入学した頃、ちょうどTTSが実店舗を出した。

 未来に荷物を送るというこれまでに無い変わったサービスということで、滋賀は岡山を通してTTSの研究所の所長に取材させてもらっていたらしい。

 あかりはその記事を読んではいないが、確かに入学したての大学へ通う電車のつり広告でTTSの文字を見掛けた記憶があった。

 今でこそつり広告は景色となって気にしなくなったが、あの頃は初めての電車通学に浮かれてよく車内を見回していたものだ。

 もしかしたら、あれが滋賀が書いた記事だったのかもしれない。

 取材した後あたりから、お互いに忙しくなり、ここ数年はまったく会っていないらしい。

 そんな話を聞いてそれ以上は、父に繋がる情報に繋がりそうに無かったから、滋賀とはその一度きりだった。


 とにかく、それがきっかけでTTSという名称が頭の片隅に残っていたところに、大学の就職案内の掲示板に求人票があったので、なんとなく受けてみたのだ。

 ただそれだけだったが、トントン拍子で内定が出たので、何か不思議な縁を感じてしまう。

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