心の花軸に巣食う
*
エリカとリュイが城の門前まで来ると、番兵のうち一人が声をかけてきた。
「申し訳ございません。あなた様のご尊顔は存じ上げておりますが、これより先へお進みするのでしたら、紹介状のご提示をお願い致します」
リュイは首に提げてる金のネックレスを取り出し、快く見せた。手のひらに乗せた長方形の小さなプレートには名前が彫られ、小粒ほどの大きさの宝石が嵌め込まれている。
「これでよろしいかしら?」
本人であるのを確認できた番兵は、安心から肩の力を抜いて頷いた。
「有難うございます。お手数おかけしました」
「わたくしのほうこそ、昨日今日と手間をかけさせてごめんなさいね」
「とんでもございません。ご一緒なさってるそちらの者は?」
リュイは表情を綻ばせてエリカの片腕に抱き付き、自慢げに話す。
「ふふふ、素敵でしょうっ?新しく雇用したばかりの、わたくしの侍女です。サマラフ様にご紹介したくて追って参りましたの」
番兵は、ははっと笑って道をあける。
「わかりました。では、お通りください」
「有難うですわ」
リュイはエリカの腕を解放。番兵たちから温かい目で見られながら、疑われることなく城内へ入れた。
近くに兵士が居ないときを見計らって、リュイは小声でエリカに「とても刺激的でドキドキしました」と、楽しげに笑いながら言う。
しかし。
「おや?リュイ殿」
呑気な調子で居られたのは、ほんの僅かな時間。
城内を歩いてると、二人は曲がり角で、血色の悪い男と鉢合わせた。彼は、固まって言葉を発せずにいるリュイからエリカへと関心を移し、表情を変えることなく感想を述べる。
「お供にしては、随分と可愛らしく平凡な」
エリカは揶揄われているような気分で良い気はしなかったが、それはロアナの貴族にとって挨拶の一つかもしれないと思うことにした。サマラフが例外なだけだ。
男は辺りに視線を配り、リュイに尋ねる。
「ゼア殿は?」
「!」
男の口から十二糸の名前が出てきたことにエリカは驚き、目を見開いた。
リュイは小さな苦笑いを浮かべる。
「あれは無法者ですので」
本当に自分が知っているゼアなのか、決め付けるのはまだ早いーー。エリカは警戒心が混じった焦りを表情に出さないよう、抑えようとした。
男は薄い笑みを浮かべる。
「サマラフは中庭に居ますよ」
「!有難うございますっ。
では、エリカ、参りましょう」
リュイは早くこの場を立ち去りたくて、駆け出そうとした。
男はエリカに、侮蔑とも受け取れる視線を注ぐ。
「行っていいのは一名だ」
「!?」
「君がサマラフと旅をしている娘かい?」
「いいえ。私はリュイ様に仕えてる侍女です」
「伝令から話は聞いてる。嘘を吐いて隠し通そうとするならそれもいいが、サマラフに迷惑をかけたくなければ早々に肯定したほうがいい。アルデバランの娘よ」
ロアナの国王が寄越した伝令には、何の目的があって誰と行動してるのかサマラフは話していない。エリカは目の前で、遣り取りを聞いていた。隠す話ではないからと。
(認めたほうが……、いいよね……?)
自問。
十二糸のゼアか、或いは同名の何かと接点を持つリュイに自分の素性を知られてしまうのはまずい気はするが、嘘を貫き通そうとして大ごとになっては困る。
隣りから心配げな視線を注がれるなか、エリカは警戒心を帯びた目で、男に訊ねた。
「私に、何か用ですか?」
「酷く簡単な質問だ。君はサマラフとロアナに、何を与えてくれるのかな?」
彼が向けてきた微笑みは、妙な気持ち悪さを感じさせる。そしてこの異様な緊張感。
「リュイ殿。遠回しに行っていいと言ったはずですが?」
「……、……失礼……しました……」
静かな圧にリュイは怯み、エリカに申し訳なく思いながらサマラフの所へ向かう。
男は、くくっと笑った。
「彼女は誰に付けば己を傷付けずに済むのか熟知してる、賢くて弱い人間だ。過去の恐ろしい体験から、生存本能が働くのだろう」
男は懐から扇子を取り出し、それを使ってエリカの顎を持ち上げた。
「我が名はユマ、この国を治めている王だ。
もう一度訊く。
君は何の利益をもたらしてくれるのだろう?返答次第では、ロアナの大事な大使を遊ばせておくわけにはいかないな」
「利益……」
サマラフにとって幸運だったことが、共に旅をしてるあいだ一度でもあったか?エリカは僅かに動揺する。
「先の娘、どなたか知っているかい?」
「名前だけは」
「サマラフの婚約者だよ」
「!!」
「砂漠の国チャイソンの王だ」
エリカの思考が止まる。サマラフが恋人のイセと別れてもなぜ平然としていられるのか、理由が判明した。
彼は諦めていたのだ、己の人生を。