傾く天秤
城内へ入ったサマラフは謁見の間に続いてる大きな扉を見上げて、憂鬱な気分を表情に滲ませる。
イ国へ出発するまでは、此処へ入ることに躊躇いはなかった。落ち着かない不安はエリカと出会ってしまったから。
煌びやかな兵服に身を包んでいる衛兵の二人が、扉を左右に開く。サマラフは奥へ進み、決められた位置に着くと立ち止まって、玉座に居る王に、敬い込めた深い一礼を贈った。
その場で跪き、挨拶する。
「主君のご命令に従い、サマラフ、ただいま戻りました」
王は、血色の悪い唇を動かし、薄い笑みを浮かべる。
「おかえり、サマラフ。顔を上げていいよ」
毎日手入れを欠かさない、美しさが保たれた青紫色の髪。
相手の小さな動きにも注視して観察することを好む、冷たい細目。
化粧を塗っても、年齢が五十であるのを隠しきれない目尻の小皺。
生気を失った芸術品を思わせる色白の肌が、上品な顔立ちに見せる。
「ディエバから、山道の魔物を退治したとの報告は受けてる。あとで褒美を与えよう。何が欲しい?」
「……。王。此度は、帰還ではございません。建国を祝うパーティーが閉会したあと、再び此処を発ちます」
サマラフという人間の性質を知っている王は反発されたと感じず、左手に持っている扇子を開き、軽やかに、ふふっと笑う。
「君の一存で決めれることじゃないよね?」
「どうぞ、許可をお願い致します」
「小耳に挟んだよ。ウォンゴットで一悶着あったんだって?」
「他人の空似でしょう」
「翼竜の娘を連れてる情報も、出まかせかな?」
サマラフの顔が青褪める。
「有り得ません。王もご存じの通り、世界共々、首を落とした処刑人は私です。もしも翼竜の子が現れたら、迷わず命を奪うでしょう」
アルデバランの娘がエリカの意思を完全に支配して元へ戻りそうになかったり、エリカ自身の誤った判断で自分たちから完全に離れて対立することがあれば。
サマラフは危険だと判断したら、言葉の通り動く。そこに偽りは無い。
王は扇子を閉じて、頬杖をつく。
「私としては、全然良いのだけれど?」
有無を言わさず処刑するのを望んでいないという王の意外な返しにサマラフは俯き、嫌な予感から、苦い表情を浮かべた。
*
その頃、ヘルバード家では。
「皆様、よくお似合いです。エリカ様は、公女様みたいですね」
メイベは料理人に頼んで三人分の食事を作らせてるあいだ、近所の仕立て屋から服職人を招き、彼らに合う衣服を用意させた。
エリカは、南方から来た貴族の令嬢。
カニヴは豪族に仕えている家の嫡男。
セティナは雇い主に頼まれて、遠方から買い物に来た騎士。
……という、嘘の設定だ。
食後、用意した衣服に着替えた三人を見て、メイベはにこにこする。真っ先に褒められたエリカは謙虚に「そう……ですか?」と答え、サマラフが見たらどんな言葉をかけてくれるのだろうかと、淡い期待をほんのり抱いた。
カニヴは着慣れない洋服の形状と着心地に、死んだ魚のような目をする。
セティナは……。
「ふむ。良い判断じゃ」
人間に雇われる傭兵業を生業にしている種族とはいえ、レッドエルフは良くも悪くも人目を引いてしまう。ならば逸そのこと彼女の凛々しい容姿を利点にしようと、職人は騎士の服を持ってきたわけだが。
様になり過ぎて、違和感が無い。