嘘
サマラフはエリカの顔を一瞥。
「夕方までに帰る。
三人とも、すまない。俺は仕事に行ってくる。何かあればメイベに聞いてくれ。彼はうちの執事だ」
青年ことメイベは、エリカたちに向かって落ち着きのある一礼。主が外出して一拍置いてから質問をする。
「皆様のお名前を教えていただけますか?」
「カニヴでござる」
「セティナじゃ」
「エリカです」
メイベは口を薄く開けた。
「先ほども気になったのですが、もしや、ご出身がバーガーウェンのエリカ様ですか?」
「サマラフと同じで、あなたも私の両親を知ってるんですね」
「ご主人様からは何と?」
「会って話したことがある。でも、もう亡くなってるって聞きました」
「私はエリカ様のご両親について、触り程度しか聞いていません。不幸でしたね」
気遣いを受けたエリカは、眉尻を下げて苦笑いを浮かべる。
「まだ信じられません。亡くなったなんて」
頭の片隅では、もう二度と会えないことを受け入れてる。旅をしてるあいだに段々諦めがついてきた。二人がこの世に居ない証拠が見つかったわけではなく、本能による勘だ。
「…………皆様、少しよろしいでしょうか?」
メイベは一階の書斎に、三人を招いた。机の引き出しから封筒と便箋を取り出す。
渡されたエリカは驚いた。
「この紙……、……」
触れてわかる。
思い出す。
毎年バーカーウェンに届いていた手紙と同じ紙質。
「ご主人様はエリカ様のご両親が亡くなる前、バーカーウェンに居る娘を頼むと、遺言を承ったのです」
「!?」
「しかし、ご主人様はお立場の関係もあれば、島に張られた障壁の件もあって、エリカ様と直接会うわけにはいかず。ご両親を装って手紙を書き、イ国の枢機卿様を通してお送りしてました」
「…………じゃあ、ずっと」
メイベが頷く。
引き出しをさらに開けると、奥にはエリカが書いた返事が収まっていた。印鑑も入ってる。
両親が如何に、最期まで娘を愛していたか。
サマラフがずっと気にかけてくれていたことも併せ、嬉しさで胸がいっぱいになったエリカは目頭を熱くし、涙を流す。カニヴとセティナは、その様子に微笑みを浮かべた。
メイベは両手を差し出し、見せた封筒と便箋をエリカから貰うと、引き出しのなかへ戻す。
「エリカ様。どうか、我がご主人様を信じてくださいませ。何卒」
出会った日から、初対面であるサマラフがなぜそこまで心配するのか、彼女は理解できずにいた。
「……私、ロアナに来て良かったです」
*
エリカが湯船に浸かっているあいだ、カニヴはこそっとメイベに尋ねた。
「触り程度だと話しておったが、嘘でござろう?」
メイベは暗い顔をし、浅めに俯いた。
「心配です。悪いことが起きないか」