上手く言えなくて
麓の町マゼンダ。此処で開かれる自由市では悪天候の日を除き、百を超える露店が毎日並ぶ。
酒に合う変わった珍味に高級食材。
贈り物にぴったりな宝飾品に工芸品。
冒険者向けの衣類、武器、防具など。
客層は買い出しに来ている地元民、職人、料理人、観光で訪れた旅人がほとんどだが、ロアナは宝石の産地として名高い国。嗜好品の輸入や売買に積極的なことから、貴族や王族に遣わされた使用人の姿も混ざっている。
サマラフたち四人はソガイが馬車を用意してるあいだ、時間潰しに自由市へ赴き、様々な物を取り揃えてる露店へ寄った。
「ふむ」
高身長、切れ長の目、筋肉隆々。傭兵と狩猟を生業にしている勇猛なレッドエルフの生まれであるセティナは、武器への関心が高い。短剣を手に取り、様々な角度から見て、まじまじと物色する。
「切れ味が良さそうな一級品じゃ」
豪胆豪傑と謳われている種族から褒められた男店主は上機嫌だ。
「姉ちゃん、お目が高いねぇっ。そいつは竜の爪を砕けるほど硬い代物さ。魔物の肉をシャッ!シャア!と、捌くのにもピッタリだぜ!」
店主は自慢の太い腕を動かし、素手で宙を斬りながら勧める。
しかし、セティナの右側に立っているカニヴは、色気とは無縁の話に感心できず、渋い表情をした。
「セティナ殿もエリカ殿みたいに、素敵っ!とか、可愛いっ!と口にしても、バチは当たらぬでござるよ」
寧ろ、聴かせてほしい。
「おんしの目は節穴か」
「……」
表情は鉄仮面で、声に浮つきは無いが、セティナは素晴らしい物を前にして感情豊かに喜んでいる。
三十歳前後に見える彼女の実年齢は六十七。目を輝かせて衣類を眺める乙女の時期は、とうの昔に終えてる。若い娘と同じような反応をしろと言われても無理な話だ。
レース付きの可愛いワンピースを見て、心を躍らせた目をしているエリカに、店主は明るく声をかけてみる。
「お嬢ちゃん、綺麗な織物が沢山あるだろ?絹から民芸刺繍までご覧あれ。値段は特別に、表示よりおまけしよう」
サマラフは左側に立っているエリカの顔を見下ろし、
「買おうか?」
と、尋ねた。此処まで来れば、遊び気分での買い物も許される。
エリカは意中の人物から贈って貰えることに対して、実のところ嬉しかったが、顔には出さない。
「着る予定が無いのに?」
「それは……」
短剣を購入したセティナが、横からツッコむ。
「予定があれば欲しいのか?」
「じゃあ、セナさんも一緒に着てくれる?」
「拙者は賛成でござる!」
「儂は動きやすければ構わん」
サマラフに向かって、店主含め、四人の視線が集まる。
「主人、悪かったな。賑わせて」
「いえいえ。次回お越しくださったとき、お嬢ちゃんにこれじゃなきゃ嫌って言って貰える、とっておきをご用意致しますよ」
いつの世も、男女の駆け引きは難しいものだ。
空気を読んだ店主は、気を悪くしなかった。