01:旅は道連れ、世は情け
エリカたち四人はダーバ共和国の手前にある、ララ•フェノン森林に足を踏み入れた。
空を目指すように高く伸びた細い樹々が個々の存在感を出そうとするみたいに距離をあけて、ほぼ等間隔に生えているため、奥に何があるのか見通すのがラクだ。森林ならではの良さと言える。
難点は、敵に発見されやすい所と、奇襲をかけにくい所。
逃げる側になれば樹が邪魔で、ジグザグに動かなければならない。攻撃する側もまた、武器や魔法によっては手間取ってしまう。
戦い方次第で、有利にも不利にも傾く場所だ。
そんなララ•フェノン森林に棲息している主な魔物は、惑わしのウタを歌って対象を踊らせる甘えん坊の茸、頭突きで仕返しするのが限界の陽気な胡瓜、鋭い棘が生えた木の実を投げてくるモンキール、異形の姿をしている集団行動派の死霊の蜂。雨の日にだけ起きて洞窟から出てくる巨大蛙は、今日のような晴れの日は姿を現さない。
近隣の村に寄った際、エリカたちは村民からこのように助言された。
『ララ•フェノン森林は通過するだけなら、酒瓶片手に歩いても快適な旅路を保証されるという歌詞が入った歌まであるくらい、実に安全だ。魔物と遭遇するのを回避したければ、林道から外れさえしなければいい』のだと。
しかし、今回は計算違いが一つ。
前方に白い霧が漂っているのが見えてきた。何処までが端なのか、まったく検討のつかない範囲にまで広がってる。奥は濃霧になっていて、完全に視界を失うレベルだ。
サマラフは渋い表情をし、数歩手前で足を止める。
「最悪だな。蛇の領域だ」
カニヴが、
「巣みたいなものでござるか?」
と、訊ねる。
「その表現は間違っていない。
先に注意事項を述べておくが、入ったらはぐれる可能性が高い。だとしても、気にせず出口に向かって進め。蛇に見つかったら戦わずに逃げろ。いいな?」
三人は小さく頷いて了承した。
霧のなかへ入る直前、エリカはサマラフに訊ねる。
「手を繋いで入れば、はぐれずに済むってことはないの?」
「試してみるか?」
左手を差し出された彼女は、にこっと笑って首を左右に振った。
「ううん。代わりにマント掴ませて貰う」
「破くなよ?」
「そんな怪力じゃないもん」
「ははは」
エリカは右手でマントを掴み、後ろを付いて歩いたが、
「……サマラフ?」
濃霧のなかに入り、四歩進んだところで、マントの感触は手から消えていった。
足を止め、振り返ってセティナとカニヴの名前を呼んでみたが、反応なし。
(はぐれたんじゃなくて、消えたって表現が正しいんじゃない?)
一人きりになると、霧は思ったよりも早く、すーっ……と静かに晴れていった。
奥のほうはまだ、霧に覆われて見えないままである。
(場所を移動させられたの?)
景色はララ•フェノン森林のままで、何処まで進んだかは不明。背後は道が途切れていて、前のほうには分岐がある。エリカは(先に進めばいいんだよね)と楽観的に考え、歩くのを再開。
大声で三人の名前を発して呼びかけるのはどうかと思ったが、例の蛇を引き寄せるだろうかと思ってやめておくことにした。
*
(あれ?誰か居る)
暫く歩いてると、佇んでる老人の後ろ姿が見えてきた。左手には武器屋で売ってそうな木の杖。服装は薄緑色の着物姿で、足は草履を履き、年齢を重ねたことで量が減ったであろう白髪を、首の後ろで一つに束ねてある。
首は短めで顔は丸そうだが、肥満体型というわけではなさそうだ。
背丈はエリカよりも頭一つ分、小さく見える。
(お爺さんも迷子?)
背筋を伸ばし、扁平足でしっかり立ってる姿は、旅慣れしてる雰囲気がある。
エリカは駆け寄りながら、声をかけてみた。
「すみません!」
老人は微かに眉間に皺を寄せ、ゆっくり振り返った。
「儂か?」
ドスを効かせた鋭い細目は、お世辞にも人が良さそうとは言えない。おまけに強面ときた。
エリカは悪い意味でドキッと心臓を跳ねらせ固まったが、(人間で良かった)と安心する。
「はい、そうです。お爺さん、道に迷ったんですか?」
「儂はある場所に用があって寄り道したのだが、帰りに運悪く、『眠らずの蛇』がこの森林に入ったようでな。奴の放った迷いの霧に巻き込まれておる最中だ」
「眠らずの蛇……」
「全長が人間の倍以上ある、闇属性の魔物だ。霧を使って獲物を迷い込ませる。厄介なことに、奴は休まずに動き回るからのぅ、一度狙われた者は倒すか逃げ切るまで眠る暇がない」
「過去に助かった人、居るんですよね?」
「あぁ。儂は仲間と合流し、何とかなった口だわい」
「じゃあ、今回も乗り切れるかもしれませんね」
エリカの前向き発言に、老人は破顔一笑した。
「手こずるというのに。恐れ知らずとは参った。お嬢さんは一人で霧に入ったのか?」
「仲間とはぐれました」
「そやつらも助かるといいのう。
お嬢さん、名前は?」
「エリカです。お爺さんの名前も教えてください」
老人は無精髭が生えた顎を右手で撫でて、一拍置いた。
「儂はジルバドだ」
「素敵なお名前ですね」
「お嬢さんぐらいじゃよ、そう言ってくれるのは」