星影に沈んだ都市のなかで
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独立国家でありながら、国土面積の狭さから小国と揶揄されるのが嫌で都市を名乗るようになった国がある。それが、学問栄冠都市ウォンゴットだ。
国王は生涯持たず、
貴族にも支配されず、
代わりに学院長を据え、
軍隊と兵士は保有しない。
武力による争いを汚い物として嫌悪し、
問題ごとには選び抜かれた学者から意見を募って、頭脳を使った解決を好めよ。
知識を尊べ。
と、いうのが、彼らの方針……。否、信条だった。
自警団を雇って治安維持に努めるのが美徳と唱え、それを長年に渡り実現してきたが、大国が保有する軍隊の前では無力に等しかったのは言うまでもない。
鎮圧の様子を近くで見物していた私は少しばかり、彼らに同情した。
アイネスの兵士が暴力を振るわず武器を持っているだけだというのに、学者たちは、口では怒りの声をあげながら、手を震わせるに留まった。山ほどある書物を我々に投げつければ怪我を負わせることは簡単にできたのにしなかったのも、彼らの方針が弱点になっているせいだ。
「有能ゆえに盲点を突かれた」と言いわけする学者に遭遇したときは、まぁ、さすがに呆れ返ったよ。
だが、屁理屈で自我を保てるうちは元気な証拠。大目に見よう。
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上官が作ったくじ引きでハズレを引いた私は、再度、ウォンゴットに派遣されることが決まった。結婚してすぐ、単身赴任になるなんて……。
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どうなるか不安で堪らなかったが、派遣されてからこの三週間、アンシュタットの魔術師が来てるとき以外は目立った騒ぎが起きず、学者たちも静かにしている。有難い。
平和な(?)日々が過ぎていくなかで唯一気になることがあるとすれば、住民のあいだで行方不明者が出てる程度か……。
家出なら、いいんだけどな。
ーー アイネス第五調査部隊 隊長
ジルソンの日記
「まったく、けしからん。旅人から通行料を巻き上げるとは。アイネスの軍資金に使われそうで、嫌でござるな」
「俺の自腹でおまえたちの分を支払ったんだ。文句を言うな」
街中を徒歩で移動中、右側を歩くカニヴのぼやきにサマラフは苦笑いを浮かべてツッコんだ。
セティナとともに二人の後ろを付いて歩くエリカは金額のほうに疑問を感じ、
「私は、一人につき二千五百ネリーは高すぎると思う。同じ殖民地でも、アルバネヒトは無料だったよ?」と、質問。
ウォンゴットはアイネスの兵士が巡回してても、生活がそれなりに保障されてる雰囲気がある。経済や治安が荒廃しているアルバネヒトとの違いが、エリカにはわからない。里の近辺までしか出たことの無いカニヴもだ。
「一名につき二万ネリーになるとさすがに躊躇うが、ウォンゴットには払う価値があると俺は思ってる。僅かな額でも足しになれば……、」
「足し?何のでござる?」
「入国時に渡した通行料の全額が、この国の運営資金に回るのさ」
「!?」
アイネスに対してあまり良くない印象を抱いていたカニヴとエリカは、目を丸くして驚いた。
前々から事情を知っているセティナが補足する。
「ウォンゴットは侵略される一年半ほど前から、既に大赤字でな。発言権を握っておる病巣のような学者どもは教えることや研究には熱心じゃが、商売はまるっきし向いておらんかったのじゃ」
エリカは彼女の顔を見上げ、
「収入を得る方法の一つとして、自分たちで作った物を売るって案は出なかったの?」
と、訊いた。
サマラフが質問に答える。
「ウォンゴットで重要な地位を任されてる学者たちは、立場が上か下かで他人を区別してきた者が多い。俺も、俺の前任も、良かれと思って協力すると申し出たが、学院長たちから『頭を下げて物を売るのは農民のすることだ』と怒られたよ」
「献上された物は喜んでも欲しいばかりで、自分たちから差し出したり返そうとせぬ。そういう輩たちじゃ」と、セティナにしては珍しく、毒気づいた言葉が口から出た。
自業自得と言いたさげな二人の口振りにカニヴは口をへの字にし、まだ何処か納得できない表情をする。
「植民地化は肯定できぬが、此処の民の暮らしを見る限り、アルバネヒトよりはマシな扱いを受けてる分、恵まれているのでござるな」