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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx
82/143

【閑話】深い意味

*****




「きゃああッ!?」


 森のなかで戦闘中、エリカは悲鳴をあげて自分の体を抱き締め、その場に座り込んだ。

 セティナとともに彼女が戦っているのは、円錐台の形をした半液状の魔物アシッドカラメル。見た目は勿論、砂糖を茶色く焦がしたときの色や沸々してる所、甘くて美味しそうな香りを漂わせている所は菓子のプリンに使われる物そっくりだが、体は酸性。近接攻撃は危険だ。



「大丈夫か!?」


 離れた場所でほかの魔物と戦っていたサマラフは、急いで彼女たちのもとへ駆け付けた。


「ッ……!」


 何が起きたか見てしまった彼は目を見張り、必要以上に距離を狭めず立ち止まる。



「どぉおおしたでござるかぁぁあ!」


「!!」


 サマラフは全力疾走で此方に向かってくるカニヴの前にサッと立ちはだかり、彼の目を両手でバッ!と覆い隠した。


「見るな」


「ぉぉぉお!!自分だけズルいでござるよ!!」


「俺は確認した程度で、直視はしてない」


 アシッドカラメルに飛ばされた粘液が彼女たちの服に付着し、着ている服に所々大きな穴を空けていた。鉄製や銅製などで作られた金属部分は無事で、肝心な部分のみ上手い具合いに残っている。


「直視してないということは見たでござるな!?ござるな!?」


「疑われるような発言はやめろ……ッ!」


 カニヴには人並みの色欲がある。布の面積が少ない女冒険家や、谷間が見える服装で男を誘う客引きに弱く、大の女好きとまではいかないが、好奇心を持っているほうだ。


 見られたところで恥じる歳ではないと思っているセティナは露出した部分を隠すことなく、アシッドカラメルの体当たり攻撃を素早く回避。矢を使った全体攻撃で反撃し、残っていた三体すべて倒した。


 セティナは、体を抱え込むように蹲って羞恥心と戦っているエリカの前に立って壁になり、男二人に命令する。

 

「儂らは動けん。おんしらが着る物を買って来い」


 サマラフは背中を向けたまま、「わかった」と短く返事をした。






 彼はカニヴとともに近くの村まで引き返し、道具屋に入って冒険者用の衣服を物色する。


「セティナ殿に、これはどうかのう?」


 カニヴは並んでいる商品のなかから色気を増幅させる魅了効果付きの物を手に取り、着用後の姿を妄想。

 一人うきうきと楽しんでいる彼の隣りで、真面目にエリカ用の衣服を探してるサマラフは水を差す。


「誘惑が増えてもいいならな」


「む!それは反対でござる!」


 カニヴはセティナを一人の異性として見ている。一方のセティナは色恋に無関心、誰に興味を持たれても相手にしない。鉄壁だ。


「貴殿こそ、エリカ殿に着せたい服は決めたでござるか?」


「着せた……。おまえな」


 同類に見られたサマラフは呆れ返る。


「着ていた服との違いが少ないほうがいいと思って、これを」


 候補を見せて貰ったカニヴは信じられないと言わんばかりの、嫌そうな顔をした。


「ええ〜〜?楽しい旅でござるよ。もっとおなごが喜びそうな、可愛いぃい召し物を選んだほうが良いのでは?ドン引きでごさる」


「おまえ、里でもそんな尻軽態度だったのか?」


「失敬な!」


 カニヴは、ぷんぷん怒った。しかし、サマラフは気が進まない。


「変な男に絡まれたら、本人が困るだろ」


「ならば!

 防御力の高い!

 可愛い召し物を!

 選ぶでござる!!」


「……」


 サマラフはカニヴの邪な感情に同調はできないが、一理あるのは認めた。エリカは生まれて初めて島を出て冒険をしている。楽しい気持ちになる時間があってもいい?アルデバランの娘であることを忘れるくらいに。

 それもそうだと、サマラフは納得した。



(俺とは違う)







 服を購入して戻り、離れた場所に置いて着替えが終わるのを待つ。

 先に姿を見せたセティナは「まぁまぁじゃな」と、感想を述べた。可もなく不可もなしといった様子だが、カニヴは満足している。



「どう?」


 エリカは少し照れながらサマラフに訊ねた。服装は以前より少し可愛さが増している。


「いいと思う」


「サマラフが選んでくれたの?」


「あぁ。君の旅が楽しくなるようにってけしかけたのは、カニヴだけどな」


「二人とも有難う」


 エリカに喜んで貰えたサマラフは、何処か満足そうに小さく笑んだ。







「エリカ。おんしはバーカーウェンに居た頃、オリキスとはどんな関係じゃった?」


 陽射しが差し込む森のなかを徒歩で移動中、右側を歩くセティナからの急な質問にエリカはギクッとした反応をし、少し間を置いてから答えた。


「旅人と、島の人間」


「ほお?」


「えっと」


「言いにくいのか?」


 エリカは視線を落とし、両手を組んで指をもぞもぞ動かす。


「……あのね、オリキスさんを信じているだけで、恋愛感情は持っていないって言ったら変?」


「儂とて必要あらば、興味の無い相手にこの身を差し出すのは平気じゃぞ」


(な、なんと!)後方を歩いていたカニヴは、興奮した様子でサマラフに耳打ちする。


「拙者も頼めば、相手をしてくれるのだろうか?」


「あのなぁ……」



「良かった」


 胸を撫で下ろして安心するエリカの声に、サマラフとカニヴは衝撃を受けてぎょっとする。



「だけど、私は必要なときが今後訪れても、オリキスさんとはもう関係を持たないことに決めてるの」



 一体何があったのか。エリカは、具体的な言葉で表現するのを控えた。

 サマラフは曖昧な関わりに終止符を打ってくれていたことに、一人感心する。


(良いことだ。……ん?)



 性に対してエリカは清らかなほうだろうと、一方的に信じ切っていたカニヴは釈然とせず、


「なぜ、そんな成り行きになったでござるか?」


 と、質問した。


「深い意味なんて何も無いよ?だから、どう言えばいいかな……」


 返答に困ったエリカは口を噤り、気まずそうに振り返ってサマラフの顔を見た。

 変な誤解をされるのが嫌なのを察した彼は、真面目な表情で返す。


「過去のことだ」


「うん」



(酷い目に遭ってるじゃないか)


 サマラフは心の内側で静かに、クリストュルに怒りを覚えた。今日までそのようなことがあったとは知らなかったからだ。


(だが、エリカがあの男を信じてるうちは、何を言っても反抗される)





* °

.*




 エリカとセティナが夕食の調理をしてるあいだ、丸太に座って待機しているカニヴは声を潜めてサマラフに訊ねる。


「仮にオリキスとやらが本物のクリストュル王だったとして、その者は節操無しでござるか?」


「いや、婚約者のリラ一筋だと聞いてる」


 クリストュルが王座に就いて半年も経たないうちに「新たな妃候補は不要だ」と宣言したのは、呪いが原因で不妊になったリラを守るためではなく、人に利用されたり騙されることに強烈な拒否感があるからだとサマラフは思っていた。



「……。エリカ殿が……」


 カニヴは信じがたい事実に、もう一度がっかりした。


「拙者たちが思っていた以上に……。考えが大人でござったな……」


「…………」


「……。サマラフ殿、気を付けるでござるよ。顔に出ておる」


「仲間として、心配してるだけだ」



 カニヴは嘘を見破っていたが、口には出さなかった。

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