それぞれが選んだ、正しさの結果
*
「あっ」
エリカは、道具屋から出てきたばかりの仲間の姿を見つけると、一度ぴたっと立ち止まった。
「サマラフ!」
名前を呼び、脇目も振らずにタタッと駆け寄る。
彼がアルバネヒトに来てることを知らなかったコフォンは、目を丸々させて驚いた。
「服装は異なるようですが、そのお顔。もしや、ロアナのサマラフ大使ですか?」
「あぁ。いまは個人的な理由で旅をしてる最中だ」
「私はアルバネヒトの歩兵、コフォン=ハミリヤと申します」
「失礼。クックホルン大臣のご子息の?」
「はい」
エリカは目を見開き、(親が偉い立場でも、子どもが兵士になることってあるんだ)と、不思議に思う。
「コフォン殿。彼女は私の仲間ですが、何か粗相をしでかしましたか?」
「大使のお連れの方だったのですね」
サマラフから何かに首を突っ込んだのかと冷ややかな視線を送られたエリカは、むすっと捻くれた顔をして釈明する。
「悪いことしてないよ。人捜しに協力したの」
コフォンは一つ頷いた。
「事実です。我々より早く動いてくださったおかげで、とても助かりました」
サマラフは心のなかで溜め息を吐き、(目立つなよって釘を刺しておくべきだった)と、反省する。
「何か御礼をとエリカさんに申し上げたのですが、不要と仰られて。ほかにできることはないか考えた末に、淑女お一人では危険と思い、宿屋の前までのご同行を赦していただいたのです」
サマラフは軽く一礼して詫びた。
「迷惑をかけて申し訳ありませんでした。あとは俺が付き添うので、どうぞ職務にお戻りください」
「わかりました。それでは、私はこれで。
エリカさん、改めて有難うございました。
サマラフ大使、失礼致します。
お二人にとって良き旅であるよう、お祈りしてます」
「大変だと思いますが、あなた方アルバネヒトの民が良い方向へ進めれるよう願ってます」
「お心遣い、有難うございます」
コフォンは人当たりの良い笑みを浮かべ、兵士らしく敬礼すると、城がある方向へ戻っていった。
エリカが右手を肩口まで挙げてひらひらと左右に振って見送るのを、横目で見ているサマラフは。
「俺の許可を得ずに、下手に兵士と関わるなと言っておくべきだったな」
「初めは居なくなった子を捜すだけと思ってたの。声をかけてきたのだってコフォンさんじゃなく、その子の保護者?みたいだったから、引き受けたんだよ?」
「みたいって何だ」
サマラフとエリカは横並びになって歩く。
「でね、」
「質問は無視か」
「子どもは発見したけど、盗みを働こうとしてる人たちに絡まれているのを目撃しちゃって、放っておけず」
相変わらず、正義感に従う娘だ。まぁ、人のことは言えないが。
サマラフは若かった頃の自分の行動を振り返り、エリカと重ねて見る。
「その状況だったら、俺も助けに入っただろうな」
「でしょっ?」
サマラフは小さな笑みを浮かべた。
「調子に乗るなと言いたいが、君が無事で良かった」
(〜〜。そんな喜ぶこと言うの反則)
エリカの頬が微かに赤らむのを見た彼は笑みを引っ込め、真面目な表情に切り替えて前を見る。
「次は、学問栄冠都市ウォンゴットへ行く予定だ。悪いが、そっちにも会いたい人物が居る」
「サマラフは色んな国に知り合いが居るんだね」
「人と関わるのが仕事だからな」
*
.° ・
コフォンは帰城すると一階にある資料保管庫に入り、翼竜に関する情報は載ってないか探してみた。
アルバネヒト国内に出現する、またはしたことのある魔物や生物ならどうかと書物を開けるも、目次の一覧には無く。伝承の類いにも、手がかりになる物は何一つ書かれていなかった。
彼は席を立ち、カウンター席に座っている犬獣族の所へ向かう。
毎日、手入れを欠かさない、真っ白な短毛。
垂れ耳は兎のように長く、背丈は低め。上着のみ着用。
人間の赤ん坊は、二足歩行の彼らを「動くぬいぐるみ」だと思い込む。実際、そう映るらしい。
欠点があるとすれば。
「何だよ?」
態度のデカさと口の悪さだ。声は幼くて可愛い。
しかし、このホアホアが不機嫌になりやすいのは、資料保管庫の管理という非常に退屈で仕方ない職場に左遷されたからである。コフォンは理解している。
「ねぇ、ホアホア。翼竜って何か知ってるかい?」
「おまえ、誰から聞いた?」
「道すがらの旅人」
ホアホアは顔を動かし、周りに誰も居ないことを確認。書物を開けて自分の口元を隠すと、声を潜めて教える。
「それ、機密情報だぞ。フェルディナンやカロル卿に狙いを定めて、世界のチカラを剥がそうとした奴らの名前だ」
コフォンは目を見開いた。
「生きてる?」
「何年か前に処刑された」
「…………そうなんだ」
エリカが翼竜について知らないのは、サマラフが機密情報だから教えるのを拒んでるのかもと、コフォンは想像した。
ホアホアは上半身を少しだけ前に傾け、注意する。
「ユンリを救うために、翼竜が使っていた怪しいチカラがあればなんて、馬鹿なこと考えるなよ。アイネスに睨まれるだけで済まないぞ」
コフォンは寂しげな笑みを浮かべた。
「違うよ、ホアホア。助からない道を選んだのは、ユンリのほうさ」
【アルバネヒト編は、此処で一旦終わります】