其処〈底〉という名前の迷路
※台詞やや多めです。(陳謝)
「エリカさん、些細なことで構いません。本当に、何か御礼をさせていただけませんか?お恥ずかしい話、国内情勢の関係で華やかな食事を用意するのは難しいですけれど、できる限りの誠意はお返ししたいのです」
「……じゃあ、質問でもいいですか?コフォンさんと私とのあいだだけでいいんです。訊きたいことがあります」
「答えれる範囲であれば」
「有難うございます。
異端者のユンリって、どんな人だったんですか?アーシュクレイン様はその人の家を、荒そうとしてる人たちから守りたくて怒ったんです」
噂では、ユンリが国王の命を奪ったと言われている。しかし、王女は彼のことを信じてる。二人は強い信頼関係を築いていたのか、或いは真実の裏側に何かがあるのだろうかと、エリカは気になった。
「……。歩きながら話しましょうか」
コフォンは横並びになって、元来た道を辿る。
「彼はとても良い奴ですよ。って、僕が言ったのは、くれぐれも内緒にしてくださいね」
彼は小さな笑みを浮かべ、自分の唇の前で、人差し指を立てた。兵士というには少しあどけなさが残る、年齢相応といった若さを感じさせる。
「ユンリは僕の大切な友人です」
「仲、良いんですね」
「えぇ、とても。彼にしてみれば、過去形になったけど」
「もしも旅の途中、何処かでユンリさんに会うことがあれば、何か伝えておきましょうか?」
コフォンは少し目を丸くして驚いたあと、伝言の内容を考えたが絞り切れず、微苦笑を浮かべて謝罪した。
「すみません、やめておきます。どれが正しいのか悩んでしまって……」
「伝えたいことを絞り込むのって、案外難しいですよね。此方こそ、すみません」
「いいえ。僕こそ、気を遣わせてしまいました」
二人とも立ち止まり、頭をぺこっと下げ合ったあと、また歩き出す。
「ユンリが近くに居た頃の僕は、もっと単純に答えが出せる人間でした。反対意見を出されても生きてきた国や環境が違うのだから、同じになれなくていいと思ってたんです。なのに、優柔不断になってしまった」
「彼が居なくなってから変わったんですか?」
「だと、思います」
「…………。家のなかの物、回収して保管は……、無理ですよね?」
「触ったら、それはそれでアーシュ様やピピィさんがお怒りになるでしょう。家は空っぽになっても、人の秘密や思い出などは残ってますから」
「同じかはわからないけど、居たときのことを、記憶だけじゃなくて、目が覚えてる感じするっていう感覚ならわかります」
「同じでいいと思いますよ」
「はあ。良かった」
胸を撫で下ろして安堵の笑みを浮かべる彼女に、コフォンは笑みを少し深める。
「……エリカさんに話をしたら、気がラクになりました。有難うございます」
アーシュクレインやピピィとは別の割り切れない感情を、彼自身も抱え込んでる風な口振り。
エリカは、
(私もバーカーウェンに帰ったら、また違う寂しさを覚えるのかな)
と、思った。
今度は両親が帰らないのは死んだからという、まだ目にしていない、だが恐らく事実であるのを、あの部屋を見て受け止めなければいけなくなる。
思い出とは、時々厄介だ。
コフォンの心境のことを考えてあまり深く掘り下げないほうがいいように思った彼女は、話題を少し変えてみた。
「アーシュクレイン様、また、城から出ませんか?」
「警護を付けさせるなりして対処します。ご安心ください。
ーーほかにも、何か知りたいことはありますか?」
エリカは、うーん、と言って考えるフリをした。
「……。……翼竜は?」
サマラフから、口に出すなと強く禁じられてる言葉。一番最初に訊いてみたかったが、敢えて最後に回した。
コフォンの反応は……。
「それは魔物か、伝承の類いですか?」
誰もが知っている言葉ではないのだとわかる。
「実は、私も何かは知らなくて。
質問は以上です」
二人は路地から出て、大通りへ戻ってきた。
「エリカさん。家を荒そうとしたのは、一人ではなさそうなこと言ってましたね?先ほどの者たちがまた現れては危険です。宿屋までお送りしましょう」
「では、よろしくお願いします」