内情(1)
***
アンコウの里を出発したサマラフとエリカは依頼主のケルディンに事の顛末を報告するため、カニヴを連れて南部の首都ヒュースニアへ戻った。
「カニヴさん?」
エリカはどうしたのだろうと思い、横に立って名前を呼んでみた。心境を察したサマラフは理由を訊かず、沈黙に付き合う。
門を潜ってすぐ眼前に広がる、ヒュースニアの平穏な風景。カニヴは里を仕切ってる者たちが何を見るよう言ったのか、欠片程度ながらわかった気がした。
喜び、悲壮、微かな怒り、憧れ。内側から様々な感情が湧いて混ざり合う。
この場で一つの感情に纏めることはできず、放心し、立ち尽くしたのだった。
*
神殿の前まで移動すると、サマラフが一人でなかへ入った。その間、カニヴとエリカは長椅子に座って待機。話が長くなると思って世間話をし始めたが、
時間を持て余すことはなかった。
「やぁやぁ。エリカちゃん、久しぶり〜〜」
王族らしい気品を感じさせる服装と髪型に整えたケルディンが現れた。眉の形も美しくなっている。中身は変わらずだ。
付き従うように出てきたサマラフは、緊張から顔を強張らせているカニヴに紹介する。
「此方はイ国の第一皇子、ケルディン様だ」
初めて会う、アスミの異母兄妹。
「お初お目にかかります」
見捨てられたアスミの気持ちを考えると頭を下げるのは裏切り行為に等しいが、ケルディンがサマラフとエリカに依頼しなければ、アンコウは取り返しのつかない悲惨な目に遭っていた。その辺りは感謝してもしきれない。
「頭を上げてくれ」
降ってきたのは先ほどの軽薄そうな声ではなく、毅然とした声。
カニヴは従い、スッと顔を上げた。
「此度は我が父上のせいで君たち忍ノノビ族に面倒をかけてしまったこと、申し訳なく思っている。死者が出たようで大変だったね」
「有難きお言葉、感謝痛み入ります。その件ですが、アスミ様の無念、スフ様にお伝えいただけないでしょうか?」
「うむ。できれば、良かった話もあるなら添えたい。父上には灸を据えねばならぬからな」
妹分だった彼女の罪とスフたちに抱いた感情を伝えることで供養の一つになればと思っていたカニヴは、聞き入れて貰えて安心した。
*
°・
四人は、枢機卿が用意した馬車に乗って北上する。目的地はイ国の北部にある首都ランカルだ。
エリカは向かい側に座っているケルディンに訊ねた。
「アスミさんは、父親であるスフ様に捨てられたって言ってました。お城で何があったんですか?」
「父上は若かったのだろうね。わたくしの弟、ラーサンハリネの妾に惚れ込んだのが事の始まりだ」
「妾って何?」
ケルディンの隣りに座ってるサマラフが教える。
「男性が奥方とは別に、外に作る愛人のことだ」
「懐妊が判明した途端、母上がお怒りになった。王位継承権に絡んでくると後々厄介だからねー」
エリカは(ケルディン様ってバーカーウェンに居た頃、ずっと独り身だったよね?)と、不意に思い出して訊ねる。
「ケルディン様は奥さんとお子さん、居ないんですか?」
「独身。側室は何人か居たよ」
「側室?」
「好きにできる相手のことさ」
「妾との違いがわかりません」
ケルディンはサマラフの顔を見て、にこっと笑いかけ、(説明してあげなよ)と要求する。
エリカのことを年齢上、子どもだと思い込んでいるサマラフは、言葉を選んで説明した。
「側室自体の地位は低いと見做されるが、正当な妻……、正妻になることもできる。対する妾は、屡々、身分を指摘されがちだ」
「一般人は駄目って話?」
「いや。それなら、側室にすればいい話だ」
「?」
「男性から援助を受けたいがために媚を売り、気持ちを取り込むのは上手いが、品の無さや空気の読めなさが修正できない自分勝手な女性となれば、王籍に入るのは不相応と見做され蔑視される。性格が良くても、真っ当な教育を受けれずに育ってきただけの女性も除外だ。
それから、妾は公の場に立って国王や王子に触れるのは厳禁とされている。意中の男性に会いに行こうと、許可を得ずに城へ出入りすることも、金品を持ち出すことも許されない」
「……」
「エリカ?」
「もし、妾になった女の人がラーサンハリネ様のことを本気で好きになっていたとすれば、私だったら、責任とってくれない男の人だって最初からわかってて泥沼へ入るのは危険だと思う」
ケルディンは、にまにまと意地悪い笑みを浮かべる。
「だから、エリカちゃんは異性に本気になるのが怖いの?」
「私は恋愛経験が無いだけです。運命の人に会えたらいいな〜〜ってふわふわ思うくらいで、恋に憧れはありません」
三人の男はエリカの顔を見て(現実的だな)と、声を揃わせるように、同じ感想を抱いた。