表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.03 イ国【南部】
74/143

20:陥穽

.・



「幸運にも、今日は見張りが不在だ。急ごうっ」


 アスミは辺りに敵が居ないか確認することなくダッ!と走って、洞窟の入口へ直行する。


「ちょっ、アスミさん……!」


 危なっかしすぎる行動力にエリカは冷や冷やし、パッ!パと雑に左右を見てから、慌てて後ろ姿を追いかける。

 洞窟に入ってすぐに追い付くと、アスミは焚き火をした痕跡がある近くで右膝を着けて座り、懐からボロ布の帯を取り出して、地面に転がっている木の棒に巻き付けていた。その場で火打ちに適した石を二個拾い、火を起こして松明にする。



「アスミさん」


 小声で話しかけたつもりだったが、よく響く。それが益々エリカの不安を掻き立てた。


「何処まで進むんですか?」


「心配なら、一人で帰ってくれていいよ?」


「え?」


 アスミは立ち上がり、苦笑いを浮かべる。


「外から来たエリカさんが、忍ノノビ族に思い入れが無いのはわかってる。あたしに振り回されて迷惑しているのもね」


「ッ……」


 痛い所を突かれたエリカは、後ろめたさから表情を歪める。アスミは、やっぱりねと小さく寂しげに笑んだ。


「本当に、先に帰ってくれていいよ。片道でも、あたしの我が儘な行動を否定せずに付き合ってくれたの、嬉しかった」


「……」




 今更、一人で帰れるはずがない。


 エリカはアスミを先頭にして奥へ進む。

 直進のうちは安心できたが、道を曲がると、洞窟の入口に差し込んでいた陽射しは壁によって遮断され、松明が照らす範囲外は真っ暗闇に。視界が狭くなった。


(此処、戦いには向いてなさそう)


 洞窟の壁はどれくらいの強度か不明。魔法を放ったときに天井が崩落でもすれば危険だ。

 それに足下。水溜まりに靴底が浸かるのは平気でも、苔が生えた部分を踏むと足が滑ってしまい、転倒しかけた。背丈の半分もの高さがあるゴツゴツした岩も、移動の邪魔になるときがあって困る。

 洞窟内で爻族と戦うことになれば、場所を変えなければ難しい。逃走する場合においてもだ。




   ーー からんっ……コン……


 後方で小石が跳ねて、岩壁に当たる音がした。エリカは立ち止まり、咄嗟にサッ!と振り向いたが、何も見えない。


(状況が状況だから、もういいよね)


 敵が近くに居るか探るべく、アプランサスに追われていたときの精神状態を思い出しながら、密かにアルデバランのチカラを使おうとしたが、



「エリカさん」


 集中力を高めかけた矢先、前を歩いていたアスミが立ち止まり、此方へ振り返ったのを見て中断する。

 アスミは枯葉のような黄金色をした飴玉を一粒、左の手のひらに乗せて差し出した。


「これ、良かったら食べてみて。緊張をほぐしたり、疲れたときに効くの」


「有難うございます」


 エリカは右手で飴玉を摘み、口のなかに入れた。噛むと簡単に砕けて溶ける。口内に広がる瑞々しい果実の甘味で緩む、周辺への警戒心。



「……きゃっ!?」


 全身が、ぼふんっ!と大量の白い煙に包まれて驚いたが、短い悲鳴をあげたのはエリカのみ。



「……え?……え?、何これ」



 煙が晴れると、目線の高さはアスミの脛辺りになっていた。


「!!?…………ぁぁぁ、手……、手が……!」


 右手を見たつもりが、オレンジ色のふわふわした短毛と、黒色の肉球が視界に入った。兎の姿に変えられてしまったことにエリカは酷く困惑し、腰が抜ける。



「あははっ!」


 アスミは、この状況が心底面白くて笑った。


「間抜けにも程があるよ。小芝居に騙されちゃった気分はどう?」


「芝居って…………。!!」


 エリカは陰湿な気配に気付き、恐る恐る、顔だけで振り返る。


 いつから背後に居たのか。

 暗闇のなかに潜んでいた爻族の男にエリカは首根っこを掴まれ、軽々と持ち上げられた。


「はっ、離して!やだ!やだ!やだ!」


 必死にじたばたと手足を動かし、暴れて抵抗する。



「おい、アスミ。どういうつもりだ?」


「!」エリカは動きを止め、同じ目線の高さになったアスミを見た。彼女は笑うのをやめて冷たい表情を浮かべる。


「忍ノノビ族の協力者に、そこの女ともう一人、一糸が加わったの。厄介なことになった」


「計画は前倒しにすんのかい?」


「急で悪いね。長引かせる余裕ないからさ。

 一糸は、あたしが翌朝アンコウから引き剥がす。その女は死んだって報せておくよ」


「アスミさん!」


 爻族の男はエリカを小型の、四角い鉄の檻のなかに放り込んで鍵をする。


「アスミさん、里のみんなに悪いって思わないの!?」


「はあ?どうして?」


「だって、親に捨てられても、忍ノノビ族の人たちと助け合って仲良く暮らしてきたんでしょ?」


 アスミは鉄の檻に近付き、右足で力強く、上から踏ん付ける。


「あたしはね、イ国を仕切ってるスフ王の娘として生まれたの。あんな田舎くさい連中と同等に見ないでよ?粗雑そうに見えても、城暮らししてたお姫様なんだから」


「……爻族に騙されてるんじゃ……」


「おまえは俺たちが元凶だと思っているみてぇだが、黒幕は此奴で、俺たちは乗っかったに過ぎねぇ」



 アスミは檻に乗せていた足を退けて岩の窪みに松明を差し込み、紙紐をほどいて薄い笑みを浮かべる。


「エリカ、あんたには感謝しておくわ」


「何を……」


 アスミは独自に編み出した忍術を使って自身の瞳を紫色に変え、髪色は程良い感じに調和した。


「これならバレる心配はない。声も、そおっくり。あたしたちの背格好が似てて助かったよ」


「ッ!恨みがあるなら、一人で行動すればいいじゃないっ。意気地がないの!?」


 エリカの言葉が耳障りになってきたアスミは苛つき、檻を大きく蹴り飛ばして壁にぶつけた。檻は跳ね返り、エリカは衝撃で前に倒れ、水溜まりで体を汚す。


「あんたこそ、弱虫だから一人では何にもできなくて、サマラフ卿におんぶに抱っこされてるんだろ?うじうじして、身分のある男に媚びて、みっともないったらありゃしない」


「媚びてなんかない!」


「だったら、証明しなよ?認めて貰いたいなら」


「ッ」


「サマラフ卿は理解ある優男で有名だから、あたしが泣けば許すだろうさ。あんたの代わりに仲良くしてあげる。ははッ、はははッ!」



 アスミの高笑いと足音が、洞窟から出て行った。


(サマラフに教えなきゃ。でも、どうやって脱出しよう。?)


 目の前で、爻族の男が幽鬼へと姿を変えた。奇怪な姿にエリカは驚き、萎縮する。


「ばっ、化け物……!」


 頭の天辺に向かって弧を描いた角が二本生えてる骸骨。顔の形は、牛に近い。目は眼球が無く、暗闇で塗り潰され、赤黒い血を垂らしている。

 上半身は人骨で、下半身はボロボロの腰布が揺れてるだけ。骨盤や脚は無く、体を浮遊させて移動するのが特徴だ。


 幽鬼は歯が生えていない口から、先を尖らせた長い舌を出し、檻を摘み上げて醜い顔を近付けた。


「ひひっ。俺様はストロヴォス。おまえ、不運だったなぁ。魔力の匂いから察するに……」


 ストロヴォスは、エリカの体をくんくん嗅ぐ。


「美味そうなんだが、弱っちぃなぁ。いっひっひ」


 エリカは怯えながら、後ろへ顔を引く相手に向かって尋ねる。


「忍ノノビ族を襲ったのも、あなたたちの仕業?」


 ストロヴォスは岩の上に檻を置くと、八角形の鏡を出してエリカに見せた。


「ひひっ、大当たり。こいつを使えば、アプランサスがぴょこぴょこ出てくる。魔術師ってのは愉快な物を持ってるんだなぁ」


「アスミさんのこと?」


「いんや」


「 まだ誰か、仲間が居るの?」



「おまえは檻のなかで野垂れ死ぬか、俺たちに喰われる運命だ。冥土の土産に教えてやるよ。その魔術師ってのは高みの見物をしてるだろうから来ないぜ」


「あなたたちは、アスミさんを騙してる?」


「真実は、イ国の首都に行けばわかる。ひひっ。俺たちは人間を痛ぶるのが好きなだけ。キャロロットになった間抜けな奴は肉を裂くか、火で丸焼き、ぺろり」


(!)


 エリカが兎に変身した際に脱げた服をストロヴォスは摘み上げ、くんくん嗅いで不快になる。


「こっちは臭いな。妖精嫌いだってのに。捨てておくか」


(待って!持って行かないで!)


 ストロヴォスが服を持って、外へ出ていく。

 せめてアマインを落としてくれれば元の姿に戻れるのだが、エリカの願いは届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ