19:窄む光
エリカはアスミの家にある隠し通路を使って、アンコウの外へ出た。低山を移動してるあいだも人に見つからず魔物にも遭遇しないのは幸運だが、却って不気味に感じる。
(空が明るいうちに、カニヴさんのお家に帰りたいな。サマラフに怒られるのは嫌だ)
丸腰というのもあり、果たして無事に下山できるのか?エリカは頭の片隅で心配する。
念のため、アスミには内緒で、謎の薬アマインを二個、自分の上着のポケットに入れておいた。何処かで役に立つかもしれないと思ったからだ。里で暮らす忍ノノビ族のために作った物を許可なく持ち出すのは盗み同然ゆえ、罪悪感はあるが。
「エリカさんは、なんでサマラフ卿と旅してるの?」
「暗い話になりますよ?」
「事情なんて誰にでもあるじゃん。あたしは聴くよ」
ヒュースニアからずっともやもやしている気持ちを汲んで貰えず、一人で感情を抱えてきたエリカは(……差し障りのない範囲だったらいいよね)と、端折って話すことにした。
「何年も帰ってこない両親の行方を知りたくて島を出たのに、初対面のサマラフから二人は死んだって聞かされて。捜すのをやめて帰るよう言われたけど、受け入れるの到底難しいじゃありませんか。
サマラフは納得できずにいる私のことを哀れんで、旅に同行してるんです」
アスミは崖に架かっている吊り橋を渡る直前、立ち止まって振り返った。
「エリカさんは、親に見捨てられたと思わないの?」
想像してなかった質問にエリカは動揺した。
「………………ぇっ?」
すぐに言葉が出てこない。
吊り橋を渡り始めたアスミの背中に向かって、微かに震えた気弱い声で何とか返事をする。
「毎年欠かさずに手紙を送ってくれたから、それはないと思います。でも、死んだの納得できなくて」
「サマラフ卿の言葉が真実にせよ嘘にせよ、手紙しか寄越さない親なんて、消えてよかったんじゃない?」
エリカは悲壮に満ちた目をした。吊り橋を踏み歩くときに出る音のように、心が軋むのを感じる。
アスミは、容赦なく言葉を続けた。
「顔を見に来ないなんて、言い訳して会うの避けてるだけに思うんだよね」
「…………そう、ですか……」
エリカは、自分は両親に愛されてると思ってたが、人に初めて真逆のことを言われて自信が持てなくなった。
「子どもが邪魔になって捨てて、遠く離れた何処かで幸せに暮らしているようなら、捜すのやめたほうがあんたにとっても幸せだよ。復讐したいなら兎も角」
吊り橋を渡りきったアスミは振り返り、落ち込むエリカを見ても心を汲まず、態度を改める気もなく、にこっと笑う。
「ごめんね、意地悪言っちゃって。あたし、親に捨てられたから、信じれるのが羨ましくてつい」
「!」
「向こうは首都に住んでるんだけどさ、会っちゃいけないんだ」
「……」
「あたしがエリカさんの立場だったら手紙なんか信じず、面と向かって文句の一つや二つ言いたいよ」
エリカは憎しみが混ざった悲哀に、かける言葉が思い付かない。
めそめそばかりし、欠片でもいいからサマラフに同情して貰えたらと密かに期待していた自分を恥ずかしく思った。