17:受動
五人は老婆が盆に乗せて運んできたぬるい茶を受け取って飲み終えたあと、楼閣で作戦会議をおこなおうという話になったが、頼りなさげな雰囲気から戦力外と見做されていたエリカは、カニヴの屋敷内にある陽当たりの良い小部屋へ案内された。
室内には、薬を調合するために使う道具が一式揃っている。形と素材が違うだけで、バーカーウェンで使っていた物との差は無いに等しい。
カニヴは棚に並べてある巻物のうち二本を取り出し、エリカに渡した。
「薬の作り方は、これとこれに載っているでござる」
「有難うございます」
「サマラフ殿が居らぬあいだ、寂しくないでござるか?」
エリカは眉尻を下げて、苦笑いを浮かべた。
「二人きりで居るより、ずっと気楽です」
「お主らがどんな事情で旅をしておるのか拙者にはわからぬが、あやつは頼りになる男でござる。信じるでござるよ」
此処にもサマラフに好意的な人物が居る。それが嫌なわけではないが、彼を善人だと教えてくれる人たちの言葉がエリカの耳には諭そうとしてるみたいに聴こえてしまい、少し窮屈に感じた。カニヴたちの前で笑みを浮かべていられるのは、同じように信じれる材料がもっとあればいいのを頭の片隅でわかっているから。
「では、行ってくるでござる」
「行ってらっしゃい」
彼女は引き戸を閉じた。夕方まで部屋で一人きり。天板の形が四角い、脚が短めの机が置いてある所まで移動し、巻物を広げて調合の準備に入る。
(オリキスさんのときはすんなり信じることができたのに、サマラフには信じさせてほしいって望むの、何だか変な感じ)
エリカは一度深呼吸して頭のなかを切り替えた。此処で一人考えたところで、要求心は満たされない。
(作る薬品名は『アマイン』)
黄緑色に光り輝いてる楕円型の果実へナイフの刃を当てて薄皮だけを器用に削いだら、寒天状に固めて切り分けた薬を乗せて一個ずつ丁寧に包み、甘い香りがする薬草の搾り汁を入れた小さな壺で漬ける。一定時間経って黄色に変わっていれば成功だ。
効果のほうは、
「『苦いのが不得意な者でも服用できる回復薬。キャロロットになっても、これ一つで治る』。……キャロロット?」
巻物に載っている説明書きを読み、知らない言葉に首を傾げた。何に効くのか詳細は不明だ。
昔からイ国の民や忍ノノビ族のあいだで発症する何かだろうと思い、巻き直して棚に戻し、使った道具を掃除。渡されたもう一本の巻物を広げて次の調合に取りかかる。作るのは、体力を回復してくれる丸薬だ。
エリカは籠のなかに入っていた材料を必要分、取り出して、机の上に並べる。
と、そこへ。
「こんにちは」
戸の向こう側から、若い女が語尾を上げて挨拶してきた。
エリカは立ち上がりながら「はい」と返事。引き戸に駆け寄って開けた。
「「!!」」
訪ねてきた相手も驚いた顔をする。
髪色と背丈は似ているが、緑色の目と、後頭部で髪を結って垂らしてる所、目尻が僅かに釣り上がってる所は違う。
くの一は、何処となく意地悪い笑みを浮かべた。
「カニヴにそっくりって言われたけど、瓜二つ?双子みたい」
「あなたは?」
「話、聞いてなかったんだ?あたしはアスミ。カニヴからエリカさんをよろしくって言われたんだ」