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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.03 イ国【南部】
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16:忍ノノビ族(2)



 三人がアンコウのなかへ入ると、門の内側に立っている見張りの一人が指を使って口笛を鳴らし、周囲に閉門を報せる。

 そこへ、


「カニヴ様!」


 忍ノノビ族の若者四人が、悲痛な表情で駆け寄ってきた。彼らの代表として前に出てきた青年に、カニヴは亡骸を渡す。

 エリカは、望んでいなかった結果に涙する若者たちの姿を見て、悲しい気持ちになった。



「サマラフ殿、エリカ殿。拙者の屋敷まで少し歩くことになる。すまぬが、辛抱願うでござるよ」


 再び、カニヴを先頭に進む。

 開門した先に広がっている風景は、茅葺き屋根の家々が並ぶ、長閑な片田舎。

 浴衣の裾と袖を上げ、ズレ落ちないよう布紐で縛り、鍬を持って畑を耕すのは中年層。引退して長い老人は、植っている根菜類や葉物野菜を収穫する。それを籠に入れて運ぶのは子どもたちの仕事だ。

 若者の多くは一人前の忍ノノビ族になるべく修行に励むが、戦いに向いていないと判断された者は鶏や牛といった家畜の世話、縫製や薬の調合などをして、村の生活を支えている。




「おんや?懐かしい坊っちゃまの顔だ」


 屋敷の玄関先をざっ、ざと竹箒で履いている老婆が、サマラフの顔を見てそう揶揄した。エリカは坊っちゃんとの表現が可笑しくて、ふっと笑いを噴き零し、マントから手を離す。


()っちゃん」。カニヴは顔の下半分を覆っていた布製のマスクを下へずらし、祖母へ話しかける。


「急ですまんけど、お客様二名を招いた。泊まりじゃ。

 そんで、あとから大事な話をしにリフウ爺ちゃんとナミキちゃんも来るけぇ、お茶に世話、頼むよ」


「ああ、いいよ。おまえさんは早く着替えて来な」


「あーい」


 訛りに驚いて目を丸くしてるエリカを見た老婆は、ひゃひゃっと笑い、箒を屋敷の壁に立てかけ「こっちだよ、おいでんしゃ」と声をかけながら手招き。


「お嬢さん。アンコウでは地べた以外、靴を脱ぐのが常識だ。覚えとき」


「はい」


 老婆は二人を、客間に案内。押入れの戸を横に引き、ひょいひょいと人数分の座布団を出して並べた。


「そいじゃあ、用事を言いつけられん限り、客人は寛いでな」


「有難うございます」と、二人は自然に声を合わせて感謝を伝えた。


 エリカは老婆が客間から出たあと、座布団の上で正座し、家の造りや置いてある物に視線を向ける。

 墨汁で鶏を描いた掛け軸。季節の花を刺した針山。床に敷いてある畳から漂う、乾燥させた草の香りにも興味が湧く。

 サマラフはマントと武器を外して横へ置き、エリカ同様、座布団の上で正座し、背筋を伸ばした。


「……」


「……」


 完全に打ち解けるにはまだまだ時間を要する気まずい雰囲気が、室内に漂う。

 互いに何か話しかけたほうがいいのはわかってはいるが、いまでなくていいかと、それぞれ脳内で着地した。



 然程、時間をかけることなく客間に戻ってきた老婆は、串に刺さった三色団子を二本乗せた長方形の皿を、二人の前に一枚ずつ置き、「茶を用意するね」と言って、また出て行く。



「すまぬ。待たせたでござるな」


 着替え終えたカニヴは入室後、サマラフの向かい側に置いてある座布団の上に、よっこらしょっと言いながら足を組んで座った。

 次いで入室したのは、背丈がエリカの半分しかない頑固そうな顔をした老人。それと、切れ長の目をした長身の美女。


 皆揃ったところで、カニヴは仲間を紹介する。


「サマラフ殿は面識あるから、両者ともに紹介は良いでござるな。

 エリカ殿。

 此方のご老体は、天女様の次に偉いリフウ様。

 横に居るのが、拙者と同じ副将のナミキでござる」


 リフウは、カニヴとナミキのあいだに座り、組んだ脚の上に肘を乗せて頬杖を着く。


「だぁれがご老体じゃっ。吾輩はまだ現役じゃぞ」


 エリカは頭をぺこっと下げて一礼。


「初めまして、お邪魔してます。エリカです」


 挨拶を受けたリフウとナミキは、慎ましやかに一礼して返した。彼らはエリカに対し、この場にそぐわない頼りなさを感じる風貌であり、最低限の礼儀ができる子どもという目で見ている。



「……本題だが」。リフウはそう言って口火を切った。


「サマラフ、お主の聞いた話は何処まで漏れとるのだ?」


「ある御方が、ヒュースニアの僧兵から聞いたと教えてくれました。しかし、街中では爻族のことも天女様の病も噂になっていないようです」


「箝口令を敷いておるのか?」


「わかりません」



 場の空気が重いなか、エリカは、すっと挙手して質問。


「すみません。私、爻族って何か知らないんですけど」


「奴らは元々、ならず者の集まりじゃ。それが何を思いよったか『イ国を導くのは自分たちであり、スフではない』と吹聴するようになってな。

 王家と離縁した我々は、南部を荒らされようが構わぬと放置しておいたのだが」


 リフウは表情を険しくし、溜め息を吐いた。忍ノノビ族が巻き込まれると思っていなかったのは、言葉を続けなくてもわかる。



 エリカは空気を読んだうえで、また質問を投げた。


「忍ノノビ族には手を出すなって、爻族と交渉できないんですか?」


 ナミキは首を左右に振る。


「会話ができるなら苦労しない」


「?」


「我々は、奴らが何処を根城にしているのか知らぬ。同じ場所に滞在せず、此方が見つけて接触を試みようとすれば、有無を言わさず攻撃する」


「でも、あなたたちと爻族が組んでいるのではないか、嫌疑をかけられつつあるんですよ?」


 リフウは不機嫌になり、腕を組んで口端を下げる。


「ふん!まったく以って無礼な話だ。

 吾輩にしてみれば!王家が忍ノノビ族を疑おうものなら、おまえさんたちのほうこそ、滅さんとするがために爻族を刺客として差し向けたのではないかと言いたいわ!」


 心配したエリカの質問が原因で、悪い方向に考えさせてしまったなとサマラフは思ったが、忍ノノビ族が爻族と手を組んでいないのを知って安心する。



 エリカはカニヴの顔を見て尋ねた。


「結論だけ言うなら、爻族を止めれば解決するんですか?」


「うむ。王家の力で断罪して貰うのが一番の理想でござるが、それは叶いそうにないでござるのだろ?」


 南部を任されてる枢機卿が口を閉ざし、ケルディンがサマラフとエリカを頼った。もしも王家が知ってて放置し、リフウの言う通り爻族を寄越したなら、首都に行って直談判するのは無理だろう。


「一日でも早く片付けねば、衣病の治癒薬になる原料が底をつきかけておる。あれは村の外にしか生息しておらぬから。

 拙者は一糸のサマラフ殿に、原因の解明を頼みたい」


 リフウとナミキは頷き、同意見だと示す。

 サマラフは隣りから(ケルディン様は、私にもチカラを貸してって頼んだよ?)と恨むような目で抗議するエリカに対し、(いまは大人しくしてろ)と見つめ返した。


 カニヴは、にこっと笑う。


「エリカ殿は留守番でござるな」


「ぅ」


「代わりに、薬の調合を頼むでござる。薬草が足りなくなったら、隣家に住むアスミから分けて貰うでござるよ」


 不公平だが、致し方ない。


「……わかりました」


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