14:藪の奥へ
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「?」
森のなかを歩いて移動してる最中、エリカは微かな血の匂いを嗅ぎ取り、顔を横に向けた。
「!!」
後ろからサマラフのマントを強く掴んで引き留め、立ち止まらせる。
「サマラフ、誰か倒れてる!」
「何処にっ?」
「彼処!」
エリカが指差した方向に顔を向けると、見えたのは黒い装束に身を包んだ脚。急いで草むらの奥へ入ると、居たのは、傷だらけで倒れている忍ノノビ族の男だった。
「……ッ!」外傷の酷さにエリカは慄き、前身の向きを変えて現実から目を背ける。
口端から血を流した紫色の唇。虚無に満ちた瞳孔の開き方。顔を横にしてうつ伏せになっている男の頬には、苦痛からか、或いは無念からか、涙が伝った跡がある。
人の死に何度も立ち会ってきたサマラフは哀れみの目を向け、地面に右膝を着けて座り、起きてることを把握しようと遺体の傷を見る。
「体の硬直ぶりから、死後一日経っていない。
敵は……、最低二体か?」
斧による切り傷と、鞭で叩かれたような擦り傷。火傷の跡。
「土に埋めてやりたいが、道具が無いな」
サマラフが立ち上がる。
と、同時に。
ーー カサッ
「「!?」」
何かが葉に触れる音が聴こえた。二人は敵と思い、バッ!と振り向く。
「サマラフ殿?」
焦げ茶色の目が、声とともに希望で揺れた。
現れた人物は、黒い装束に身を包んだ忍ノノビ族の青年。背中の半分まで伸びた深い青紫色の髪を、後頭部の高い所で一つに結っていて、細めに束ねた前髪を左目の横に垂らしている。
相手が誰なのかわかったサマラフは腰に提げてる剣の柄から手を離し、警戒を解いて好意的な笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、カニヴ。元気にしてたか?」
「うむ!拙者の体は見ての通り、健康でござるよ!」
忍ノノビ族の男は陽気に話してサマラフに駆け寄り、再会を喜んで握手を交わす。
「貴殿は護衛でござるかな?」
「そんなところだ。
エリカ、彼は忍ノノビ族のカニヴ。旧友だ」
遺体を前にしても平気な二人に彼女はついて行けず、ドン引きした顔で見ている。取り敢えず挨拶しておこうと、やや控えめな態度で「こんにちは」とだけ言った。
カニヴは温かくにっこり笑って返したあと、
「会うなら、もっと雰囲気の良い場所にしたかったでござるなぁ」
悲しげな目で、同族の遺体を見る。まったく平気なわけではなかった。
サマラフは事態が良くないことを察する。
「二度目ってわけじゃなさそうだな」
カニヴは諦めたように話す。
「はあ。お主は見破るのが得意だのう。敵わんでござる」
「すまない」
サマラフが苦笑いを浮かべると、カニヴは優しく笑い、寂しげに目を細めて遺体を担ぐ。
「カニヴ。友人のよしみで訊くが、天女様が体調を崩されたのは本当か?」
カニヴは神妙な顔をした。
「外部に情報が漏れておるでござるか」
「らしいな。それで、力になれないか伺いに、里へ行こうとしてたんだ」
エリカは目を丸くした。出方次第と言ったが、サマラフが引き受けたのは、旧友の助けになりたいと思ってだった。
「此処で安易に説明できる内容ではござらん。付いて来るでござるよ」