10:傀儡(2)
二人は食事が済むと宿屋へ戻った。
エリカはベッドの端に座って枕を抱き締め、寝苦しくないよう服を脱いで軽装になるサマラフの姿を眺めながら尋ねる。
「これから先、私はどうなるの?」
「一緒にオリキスを見つけて話を聞こう」
サマラフは右手で前髪を掻き上げ、自分が寝る用のベッドの端に座った。
「俺の知り合いに魔法騎士は居ない。君を任された理由に心当たりもない」
「……」
「オリキスから事情を聞いて、手伝えることがあるなら協力する。内容次第ではアルデバランの娘のチカラに頼らず、大使の立場を利用して解決するのも有りだろう」
「……」
サマラフは目を逸らさず、提案してくれる。
共に行動して言葉を交わすうちに、エリカはこの男をちょっとは信用していいように感じ始めていた。ヒュースニアで出会った人々の反応が良かったことも、感情に変化を与えている。
「……オリキスさんは、婚約者さんと弟さんにかけられた呪いを解きたいって言ってた」
「呪いか。種類が多くてわからないな」
エリカは、「あっ」と声を出す。
「思い出した」
「何を?」
「十二糸の呪い」
「!?」
「それで、私のお父さんとお母さんを頼ってバーカーウェンに来たって。あなたから逃げて森に落ちたあと、仮説で共通点を考えてみたんだけど、それしか思い浮かばなかった」
十二糸の呪い。
弟に婚約者。
サマラフには心当たりがあった。黒い瞳に憎悪を孕んだ青年の顔が脳裏を過り、悪寒が走る。
「何か、訊かなかったか?ほかに」
「此処に居るのがバレたら迷惑かけるって言った」
シュノーブの現国王、クリストュル•ヤシュ。彼に向けられた鋭い眼差しと恨み言を、サマラフは昨日のことのように思い出せる。
(この子が無事だったのは奇跡だな)
手のひらが冷や汗を掻く。
(俺と邂逅させたのが復讐だとすれば合点がいく。しかし、しようと思えば、いままでのあいだにできたはず)
「サマラフ?」
(糸を切らせるにしては、何かが欠けているのか?
本人なのか確証はなし。
クリストュルを匂わせたい何者かの意図……。
どちらであろうが、エリカを騙してることに変わりはない。卑劣な奴だ)
*.
「はあー、長い船旅だったよ」
空が夕闇に染まる頃、礼拝堂という場所には不似合いの、場の空気を無視した気怠そうな男の声が響いた。
「イに戻る途中、船酔いして海上にゲロを吐いちゃったけど、海も神様みたいに広くて深いから大丈夫だよね?」
バーカーウェンの簡素な普段着に、足は草履。彼が何者かを知らない司祭や僧兵がやや睨み付けるように注視するなか、ハンスは深々と一礼する。
「ケルディン様。紹介人としてのお勤め、お疲れ様でした」
長年イ国に仕えてる司祭は名前を聞いて驚き、真新しい衣服を探しに神殿の奥へと走って行った。
ケルディンは口元に、思惑めいた笑みを浮かべる。
「エリカ殿がサマラフ卿と宿屋へ入ってく姿を、遠巻きだが、ちらっと見かけたよ」
「本日、お二人とお会いしました」
「眼鏡をかけた涼やかな魔法騎士と、頑固そうな騎士は来なかったかい?」
「いいえ」
ケルディンは不可解に思い、冷めた表情をして腕組みをする。
「う〜〜ん……。そいつは変だな。彼らはエリカ殿と一緒に、バーカーウェンで行動してたんだよ?」
「何の目的があって」
「詳細は不明だが、契約者……、第二の勇者は魔法騎士だろう。長年バーカーウェンに滞在したが、あんな野心剥き出しの人間はいままで現れなかったよ。頭キレっきれで、恋愛経験皆無で鉄壁みたいなエリカ殿をあっさり陥落させちゃってさぁ」
「……」
「だーいじょうぶ、大丈夫っ。ただのおままごとで、エリカ殿は相手にしてなかったよ?」
ケルディンはハンスの横に立ち、背中を軽くぱんぱんと叩いて意地悪を言った。
「でも、ま、アルデバランの娘だからどうしようもないよね」
「……」
「それでさ、私も頼らせて貰おうと思うんだ。サマラフ卿とエリカ殿に」