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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.01 嚆矢<こうし>篇
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05:閉ざされた囲いの内側で

 外に出ると、脚が二本の黄色い郵便ポストの前でミヤが居た。手には三つの封筒。中身を確認している。

 アーディンの助手らしいが、落ち着き具合いは女房の立場にも似た佇まいがある。



 何も知らない彼女はオリキスを見て人当たりの良い笑みを浮かべ、手を止めた。


「話は済んだ?」


 オリキスは己の胸板に右手を当て、ゆったりした動きでお辞儀するように一つ頷く。


「はい。突然お邪魔して、すみませんでした。エリカ殿は?」


「農作物の収穫へ駆り出されたわ」


「慈善事業も、新聞屋の務めですか」



 二人のあいだに、微風がサァっと流れる。



「……オリキス君」


「はい」


「十二糸に怨みがあるの?」


 オリキスは風に揺すられた帽子の鍔を右手の指で摘み、頭に押し込め直す。


「だとしたら……、

 僕は上官の下で働くことを辞めて、魔法騎士の職を捨てていますよ」


「じゃあ、呪いの解き方を知りたいのはなぜ?」


「あれは冗談です」


「!」


「十二糸がバーカーウェンに入れない説も、大陸を横断しているときに、通りすがりの人から聞いた噂話です。アーディン殿が真に受けるとは、思いもしませんでした」


 表面でにっこり笑いながら嘘を並べ、どんな反応をするか試したのは事実だがねと、オリキスは頭のなかでほくそ笑んだ。


「証明された?」


「彼にお聞きください」


 ミヤは眉尻を下げて、苦笑いを浮かべる。


「無理よ。前にね、本土から移住してきた人に各国の状況を聞いたとき、私が『悪党の織人とは違うみたいね』って彼に話を振ったら、何て言ったと思う?『あぁそうだね』って一言」


「素っ気なかったと?」


「えぇ。避ける理由を何度尋ねても『バーカーウェンは楽園。十二糸のこと?要らない情報だよ』って。新聞を発刊してる立場の癖に酷いでしょ?」


 ミヤは肩口まで両手を上げ、はぁ、やれやれと呆れた。

 オリキスは「本土で余程、嫌な目に遭ったのでしょうね」と、此処に居ないアーディンをフォローする。


「ミヤ殿は、いつから島に?」


「織人事件が終息したあとに移住したわ。ほら、チカラを引き継いだ十二糸もおっかないでしょ?干渉の外にある此処は安全だもの」


 十二糸に偏見を持つ民は、各国に存在する。王族をも虐げた、恐怖の暗黒時代を繰り返すのではないか危惧しているのだ。


「と、いうわけだから。アーディンを振り回さないでね」


「肝に銘じます」


 ミヤは笑い、片手をひらひら振って事務局のなかへ戻る。

 オリキスは一人でバルーガの家を探すべく、手がかりを求めて商い通りへ下りた。





 初めて見る顔と魔法騎士の制服に、島民の好奇に満ちた視線が注がれる。

 オリキスは偶然目が合った島民にのみ、他所行きの微笑みを返してあしらった。

 ずっと人に見られる生活を送ってきたせいか、悪意を向けられる以外は気にしない。

 それに此処で暮らすあいだ、親しい相手を不必要に増やさないほうがお互いのためだ。



「こんにちは」


「いらっしゃいま……せ」


 小店に寄ると、店番をしている十代後半の女は赤面した。

 オリキスの容姿端麗な姿をカウンター越しに、真正面から視界に入れたせいだ。


「おおおお客様っ!お困りでしたら、朝昼営業の当店へぜひ、おこ、お越しくださいっ!」


「ご親切に有難うございます」


「!!」


 微笑みを添えたお礼に、店員は心をズキュンと射抜かれ、顔からボフッと煙を出した。


「いきなり女引っかけてんなよ」


 バルーガは背後からオリキスの襟を掴み、後ろへ引っ張る。


「人聞きの悪い。君の実家がある方角を尋ねようとしていたところだ」


「〜〜だからって、紛らわしい真似すんなっ」


 バルーガは軽く叱り、襟から手を離す。


「遭難はないと思うけどよ、一人行動で迷わないためにも、まずは島の地図を買え」


 二人のやり取りを眺めていた女店員は、オリキスが客であることを再認識し、目をキラリと光らせた。


「うちで買えますよ。一枚百ネリーです」


 声をかけられたオリキスは、腰に提げた袋へ手を入れる。


「では、一枚購入します」


 女店員はカウンターの上に両手を乗せて、接客用の笑顔を向けた。


「一週間に一度更新をしてますので、基本版と最新版、併せて二枚買っておくことをおすすめします!」


「……では、二枚」


「有難うございます!」


 圧されたオリキスは硬貨で支払い、草木で染めた紐でくるりと巻かれた地図を受け取り、バルーガに尋ねる。


「観光地になった群島のヤマタヒロでも、千ネリーはするぞ。島民の生活は成り立っているのか?」


「バーカーウェンは自給自足型で、資源の調達、調合、作成、労働で物を獲る。それらは自分で消費せず、店に並んだ商品と物々交換していいことになってるんだ」


「硬貨はどうなる?」


「翌年の便で届くイ国からの物資と交換するまで貯め込む。枢機卿様のおかげで、本土じゃ百ネリーする商品が(いち)ネリーで買えるんだぜ」


 枢機卿は良心の塊と呼ばれる慈悲深い人柄で、国内外問わず教皇より支持され、国の南部とバーカーウェンを王に任されている。島民には有難い存在だが……。


(配下が島に住んでいたら厄介だな)


「オリキス。観光は明日に先送りして、住む家を決めるまでの拠点へ行くぞ」


 バルーガは民家の集落から程近い、見晴らしが丘の実家へとオリキスを招く。





 青緑の瓦。

 壁は白寄りの灰色。

 二階建ての家は、なだらかな坂を上り終えた先に建っていた。

 丘の名前通り、景観は良い。島の周辺にある海を見渡すことができる。


「さっきな、エリカにおまえを預けて来たはいいけど、オレ、帰るトコ間違えてねぇよなってドキッとしたよ。シュノーブで暮らしているあいだに、外壁を塗り替えたんだってさ」



 立札の字は『優しい村長の家』。……自分で言うことか?二人は思ったが、口に出さない。

 ドアを押し開けて家のなかに入ると、民族衣装を着た三人のうち、真ん中に居る、十代半ばの少女が先に前へ出た。


「おかえり、バルーガお兄ちゃん。その人がお客さんっ?」


 彼女は好奇心を抑えきれず質問した。バルーガは横に立ち、わしゃわしゃっと頭を撫でてやる。


「あぁ、仲良くしろよ。オリキス、こいつは妹のアンズ」


「よろしくねっ」


「こっちがうちの両親」


 村長と言うにはそこまで年老いていない男性と女性が立っている。

 身長は細高く、鼻の下にちょび髭を生やした父親は明るい笑みを浮かべて「遠い国からようこそ。いらっしゃい」と歓迎。

 ひょうたんのような体型をした、顔が丸っこい母親は「第二の故郷だと思ってちょうだい」と、大らかに話した。


「オリキスです。お世話になります」


「部屋に案内するぜ」


 バルーガはそう言って階段を上り、オリキスを連れて二階へ向かう。


「通常の移住者は、紹介人の世話になる。それをオレんちの家族が『息子と二人で、遠方のシュノーブから来た。うちで世話したい』って押し切ったんだ。すまねぇな」


「謝るのは僕のほうだ。家族水入らずで過ごしたいだろうに。悪かった」


「ぜーんぜん気になんねぇよ。一人で三人の相手するよりラクだぜ」



 バルーガと使う共同の部屋はベランダ付き。

 木目の床を彩るのは、民族風の手織りラグ。

 ベッドは部屋の両脇に一台ずつ置いてある。

 衣服をかけやすいポールハンガーも二人分だ。


 ベランダに続くドアを開けて外の景色を確認するオリキスに、バルーガは口調を強めて注意する。


「ほかに家が見つかっても、深夜は出歩くんじゃねぇぞ。不審者扱いされちまうのは勘弁だぜ?」


 のんびり寛げる故郷へ帰省したのに、変人を連れて来たと噂されては、居心地が悪くなってしまう。


「道中、僕が深夜に外出したことがあったかい?」


「澄ました顔しやがって。あったじゃねぇか、シュノーブを出発して港へ行くまでの途中、二泊した村でだっ」


「あぁ、あれか」


「人助けなら声かけろよ。ったく」


 オリキスは数秒間、沈黙。

 嫌な予感を察知したバルーガに、彼は計算高く、ふ、と笑った。


「了解した、次は声をかけさせて貰う。そのときは断らないでくれ」


「断るな、だって?しれっと怖いこと言うなよ」


 バルーガは目を閉じながら腰に両手を当てて顔を上に向け、発言を誤ったと悔いる。


「おやつ食べる準備ができたよぉ~~!下においでぇ~~!」


 一階から、バルーガの母親が大声で呼ぶ。

 二人は居間に行って、空いている席に並んで座った。



「お食べ」


 オリキスにとっては、島に来て二度目のおやつ。

 粉物は形状を変え、蜜をかけたパンケーキになって現れた。


「「いただきます」」


 重なる声。

 バルーガは手を合わせ、オリキスは頭のみで一礼。

 二人は鉄製のフォークとナイフを手に取り、切り分けて口へ運ぶのだが、その際バルーガは口を大きく開け、オリキスは口を小さく開ける。

 母親は彼らの性格の違いを見て和み、くすくすと笑った。


「イ国の人から聞いたことあるよ。魔法騎士の試験って難しいんだろ?あんた凄いわねぇ」


 バルーガの母親は息子の向かい側へ座り、斜め前に居るオリキスを褒めた。


「ご子息と大差ありません」


 オリキスが控えめに笑って答えると、母親は右手を上下に振って笑う。


「謙遜しなくたっていいんだよ」


 聞いていたバルーガは、瞼を伏せて半眼になる。


「嘘じゃねーぞ。シュノーブの一級騎士と魔法騎士は同じ階級だぜ?」


「ふうん。そうかしら?」


「外見を比べるなっ」


 顔を見比べた母親の、冗談とも本気とも取れるすっ呆けた態度に、バルーガは手を止めて肩をわなわなと震わせた。

 パンケーキを食べ終えたあと、住む家はないか質問を受けたバルーガの母親はテーブルの上に右肘を着き、手のひらの上に顎を乗せて顔を傾ける。


「一年間の滞在だったら、前の人が使っていた家があるわよ。みんなそこで移住体験をして、気に入った場所で家を建てるの」



 アンズが母親の隣に座る。


「オリキスお兄ちゃん、お料理できるの?」


 バルーガ家の視線がオリキスに集中する。


「薬草を煎じて飲むぐらいは」


「それ、お料理じゃなくてお薬の調合だよ」


 ぷっと吹き出したアンズのツッコミに、三人が笑う。


「野宿したときは、ご子息に助けられました。有難うございます」


「変な物食べて、お腹壊さなかったかい?」


「息子、信じろよ」


 今度はバルーガ以外の三人が笑った。

 アンズが両膝を内側に寄せ、その上に両手を置いてやや前のめりになる。


「ねぇねぇ、病気に効く魔法は使えるの?バーカーウェンは治癒魔法が得意な人、大歓迎だよっ」


 オリキスは真面目な顔をして、目を瞬きさせる。


「医師は不在ですか?」


「前に居たお医者様は昨年、お歳でぽっくり逝っちゃってさ。お兄ちゃんたちと入れ違いで、イに派遣をお願いしたばかりなの」


「ほかに頼れる人は?」


「新聞屋のアーディンさんとミヤさんが看るの得意でね、島の人たちに最低限の治療法は教えてくれたんだけど、いざってときは魔法のほうが早いでしょ?」



 母親が重苦しそうに、はあ、と溜め息を吐く。


「エリカちゃんのご両親も居ればねぇ。島へ帰って来ないのが残念だわ」

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