06:夢現、【2025.01.03 下部にイラスト1枚追加】
サマラフは此処からそう遠くない地点に建っている狩人の拠点に行き、財布から一枚の紙幣を出して、幌馬車の操縦者に前払い。イ国の南部にある中心地ヒュースニアまで乗せて貰うことにした。
エリカは背負われてるときからまともに会話できないほどうとうとと眠りかけていたが、座席に着くと左側に座っているサマラフの右肩に寄りかかり、十秒も経たないうちに寝息を立てて熟睡。木製の車輪とあって体に揺れを感じやすく、乗り心地が良いとは言いにくい馬車であるにも拘らずだ。
(回復に手間取ってるんだな)
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馬車が到着したのは昼過ぎ。エリカは蹄の音が鮮明に聴こえるようになると自分から目を覚まして姿勢を戻し、左の手のひらで口を覆って欠伸をかみ殺した。右手に嵌めている革手袋を外して両目をさすさす擦る。
サマラフは真面目な顔で尋ねた。
「面会は明日に延ばすか?」
「いいえ。平気です」
何処が?とツッコミたくなる寝ぼけ気味の声で返され、疑わしい目で見る。
馬車が速度をさらに落として停車。エリカは手袋を嵌め直し、足下に注意してサマラフの次に白い石畳みの上に立つと、顔を右に向ける。
「……ッ!」
残っていた眠気が、一瞬で吹き飛んだ。視界に収まり切らない美しい街並み。ポルネイの規模を遥かに超えた迫力のある荘厳な景色にエリカは息を呑み、目を輝かせ、口を半開きにして言葉を失う。
馬車がゆったりした移動速度で去るなか、サマラフは街の中心に建っている神殿を見て、彼女に話しかける。
「此処が南部の中心地、ヒュースニアだ」
大きな滝が背後にそびえる湖上の都市。水鳥信仰の拠点であることから、暮らしてる者の大半が信心深く、癒やしを求める者の観光名所になっている。
(わくわくする……!)エリカはサマラフの左側を付いて歩きながら周りを観察。活気に満ちたポルネイと真逆の神聖な雰囲気に、嗅いだことのない澄んだ匂い。道端に作られた水路では水草が揺れ、小指より細い淡水魚たちが泳ぐ。
陽射しがやわらかい気候や、長袖を重ね着しても汗を掻かない人々にも彼女は驚いた。育った環境との違いを改めて実感し、高揚する。
神殿の前まで来ると、警備をしている女の僧兵がサマラフに気付き、友好的な笑みを浮かべて話しかけた。
「大使様、本日もご面会にいらしたのですか?」
「あぁ。今日は別件でな」
「お忙しくて大変ですね。ハンス様はご祈祷が終わったばかりで、いまは訪れた方々と握手を交わしております。どうぞお入りください」
「有難う」
エリカとサマラフは、十人が横一列になっても余裕を持って歩ける階段を上る。
「サマラフさん、大使って?」
「役職だ。自国に貢献すべく、他国に赴いて働くのが仕事。だが、俺が今回イ国を訪問したのは休暇を貰って遠出をしたかっただけで、特にこれといった他意はない」
二人は一番上の段に着くと門を潜る。左右に建っているのは、水鳥の像と一体になってる石柱。片方の翼を外側に向けて、誇らしく大きく広げているのが特徴だ。
扉を開いた先は礼拝堂。筆のような形の顎鬚を生やした六十歳を過ぎてる男が、一列に並んでる者たちと握手を交わす姿が見えた。階級の高さが一目でわかる気品に富んだローブに身を包んでいる彼は有難がる人々に優しく微笑んでいたが、離れた所に立って此方を見ているサマラフを視界に入れると待たせている人々に断りを入れ、いそいそと歩いて近付く。
「サマラフ殿、すぐ会いに来られるとは。やはり、何か……。そちらの淑女は?」
エリカはサマラフの顔を見上げ、名乗っていいのか無言で尋ねる。頷き返されてから、彼女は男に向かって遠慮がちに頭を下げた。
「初めまして。名をエリカと言います」
「!!」
男は目を丸くして酷く驚き、サマラフを一瞥後、エリカを見て穏やかな笑みを浮かべ、自分の胸の前で、左手の甲に右の手のひらを当てて、恭しく頭を下げてから腕を下ろす。
「イ国へようこそ。お目にかかれて光栄です。私は水鳥信仰の長であり、枢機卿を任されているハンスと申します。別席をご用意しますので、そちらでお待ちください」
ハンスは近くに居る司祭に声をかけて、二人を庭園に案内させた。エリカは小声でサマラフに話す。
「枢機卿様って、バーカーウェンではとても有名な凄い人ですよ?サマラフさん、知り合いだったんですね」
「縁あってな」