05:曇る虹彩、滲む日溜まり(5)
エリカは真顔になって弓を収め、代わりに短剣を抜いて接近戦を仕掛けに行く。意識を乗っ取られる前と比較して、かなり好戦的だ。
ゼアは両手で槍を握り、地面に穂先を突き刺して詠唱。
「『走る業火の鎖』!」
ゼアの両側に、赤い光を放つ、円い魔法陣が展開。そこから出た炎は蛇のように地面を走り、交錯した後エリカの体を一周して炙り攻撃に処す。与えたダメージ量は少ないが、一時的な足止めには成功した。
此処でもう少し優勢に立ちたいゼアは穂先の反対側にある石突の部分で攻撃しようと槍の持ち方を逆にし、突進して距離を狭めたら、素早い動きで右肩、左肩と順番に突く。
エリカは簡単に後方へよろめいた。
(おいおい、威勢の良さはハッタリかよ)
ゼアは続け様に、中攻撃でみぞおちを突こうとしたが、
「!」
彼女は難なく短剣で弾いた。ゼアの表情が驚愕に変わる。
「なっ……。(この角度で!?)」
武器と武器が接触した瞬間、赤く光る水鳥の魔法陣が出現。すぐに消えたが、警戒したゼアは咄嗟に三回、後方転回して距離をとり、穂先の向きを戻して構え直した。
(防御魔法による盾っ?
いや、何かが違う……)
エリカは短剣を収め、ゼアの使っている同じ紋が刻まれたハルバードを出現させて左手で握る。
「おまえの糸力、手繰らせて貰ったぞ」
(コピーか?オレ様のチカラが奪われた感覚はない)
エリカが左上から右下に向かって、ハルバードで豪快に宙を大きく斬ると、火属性の巨大な真空刃がゼアに向かって飛ぶ。
「冗談クソキツいぜ!!」
エリカは駆けて逃げるゼアに迫り、真空刃を回避されると同時にハルバードを振り回し、物理攻撃でどんどん追い詰める。獲物を追いかけて遊んでるつもりだが、目は真剣だ。
追い付かれたゼアは振り返り、攻撃を受け止めようと槍を横にしたが、
「げッ!」
すぱっと真っ二つに斬られてしまった。
エリカは、鎌で薙ぎ払うのと同じ姿勢をとった。
「世界の法に逆らう愚者に、再び罰を。
……!?」
ーードスッ!
魔力で形成した風属性の剣が何処からともなく飛んできて二人のあいだを通り過ぎ、地面に刺さった。注目を集め、戦闘を妨害したそれは緑色に輝く粒子になって消え、飛んできた方向からサマラフが姿を現す。
「そこまでだ」
「……」
二対一では分が悪いと感じた彼女は、薄暗い不機嫌な目でサマラフを睨み付けた。意識を返されたエリカはハルバードを消し、髪を水色から橙色に。目を金色から紫色へ戻すと、その場にぺたんと座り込む。
(命拾いしたぜ)と、ゼアは思った。脳内で、はあ、と深い溜め息を吐き、使い物にならなくなった槍を地面に投げ捨て、サマラフに向かって愛想良く、にかぁと笑う。
「いよおっ、偶然だな!ご無沙汰!」
語尾に音符が付いてそうな言い方。わざとらしさを見抜いたサマラフは眉間に皺を寄せてゼアを睨み、尋ねる。
「おまえ、此処で何してる?」
「とある御仁から、世にも珍しいアプランサスの心臓を狩ってこいっつう依頼を受けて、遠路遥々イ国まで足を運んだのさ。そしたら、お嬢ちゃんが一撃で仕留めたのを目撃してだ。ちょおっと手合わせ願ったーつうわけ」
「用事が済んだなら引け。この子は俺が保護する。手を出すな」
「おお、怖」
ゼアは視線を斜め上に逸らし、次いでエリカの顔を見た。
「じゃあな、お嬢ちゃん。見かけによらず強くて、心底楽しかったぜ」
「助けてくれる約束だったんじゃ……!?」
困惑した顔で見上げるエリカに向かってゼアは両手を合わせ、僧侶のように慎ましく、
「水鳥の加護があらんことを」
と、思っていない皮肉を口にした。軽々と木に飛び移り、枝を伝って別方向へと移動。
ゼアの姿が見えなくなり、小鳥の囀りが森に戻ってくると、サマラフは地面に片膝を着いて座る。
「君に危害を加える気はない」
「……」
「俺は魔法剣士のサマラフ」
「…………あなたは私のお父さんとお母さんの、何を知ってるんですか?」
「話した通りだ」
「ッ」
エリカは地面に生えてる雑草を握り締める。
「あんな少ない情報で、何を信じればいいんですかっ?どうして亡くなったんです?」
「悪いことに巻き込まれたからだ。正しいことをしようとして、命を落とした」
「説明になってません」
「…………」
サマラフは立ち上がる。
「家に帰れとは、もう言わない」
「!」
「君の両親と、君が何者なのか教えてくれる人が居る。会って話を聞いてから、今後どうするか決めよう。
だが、その前に。……
立てるか?」
「無理です。気付いたら、疲れすぎちゃってて」
アルデバランの娘が心身を支配してるあいだ、素早さ、体力、魔力等は上昇するが、消費量に対して器が未熟であるため疲労が大きい。
「わかった。横抱きと背負われる、どちらがいい?」
提案されたエリカは、やや渋い表情で答える。
「…………背負われるほうで……」