撒くは強欲の硝煙、欺くは(4)
*
「騎士様?来てないよ」
店主に余所をあたるよう言われて宿屋から出てきたエリカは、しょんぼりした顔で二軒目に行こうとしたが、
「待ってくれ!」
先ほどの男に声をかけられて立ち止まり、ぱあぁぁっと笑みを浮かべて期待を向けた。
「やっぱり人違いじゃなかったんですね?」
しかし、男は何処か焦った顔をしている。
「君の名前は?何処から来た?」
人違いではないか、本人の口から確認したかった。
「エリカです。バーカーウェンから来ました」
「両親の名前は?」
「父はギーヴル、母はテレースです」
周りの存在を忘れてしまいそうになるほど男はショックを受けて唾を飲み込み、次いで、意を決して話す。
「君のご両親を知ってる」
「本当ですか!話を聞いても」
「亡くなってる」
「……」
「……」
冗談ではない空気にエリカの表情が固まり、上手く笑えない。
「そんな、いきなり何の」
「なぜ、島を出た?」
「お父さんとお母さんを探すために……」
「目的は果たされた。家に帰るんだ」
矢継ぎ早に否定されたエリカは声を震わせ、涙が滲みそうになるのを堪えながら言い返す。
「なんで、なんで、心を抉るような酷いこと言うんですか……!?だって、まだ知らないのに、何も」
「俺が知ってるからだ」
「……ッ!」
「待て!」
エリカは走って逃げた。男は追いかける。
その様子を屋根の上から眺めるレッドエルフの男が一人。思わぬ収穫に、彼は右の口端を上げて小さな牙を見せ、右手で握り締めている槍の柄を右肩に乗せる。
「翼竜の娘?面白い状況じゃねーか」
*** ***
死の海域に年に一度しか出現しなかった航路は、二、三日経っても消えなかった。漁師たちとしては漁獲量を増やして昔の賑わいを取り戻したいが、安全か確認する度胸を持った者は居ない。
相談を受けたイ国の役人は伝書鳥を飛ばし、南部の統治を任されている枢機卿に連絡。返事を受け取ってから五名の調査隊を派遣することにした。
青褪めた顔で舟を出す彼らを、今朝方、船着き場に到着したばかりのアーディンが横目で見る。「久しぶりに外の空気を吸いたい」と言って、助手のミヤを巻き添えに連れ出したのは正解だった。
「君も本土は久しいだろ?懐かしさを感じないか?」
アーディンは振り返り、ミヤに話しかける。
「たった数年よ?大した変化は見えないわ」
「ははは、これは恥ずかしい。年寄りの戯言になるほど、俺は老けてしまったんだな」
彼は後頭部に左の手のひらを当てて、気恥ずかしそうに笑って返す。
(外には戻らず、嫌なことから目を背けて、島に骨を埋めようと思っていたのに。人間、わからないものだな)
「ーーそれで、サイモン・ピエルティアは何処に行くの?」
ミヤの口から出た本名にアーディンは固まり、脱力したように左手を下ろす。見慣れた彼女の微笑みをうすら怖いと感じた。
「……いつから。ミヤ……」
彼がじりじり後退して距離をとるのに対し、彼女は一歩ずつ近付き、心を追い詰めていく。
「馬鹿ね。ミヤなんて人物は最初から居ないのよ。あなた、オリキスから何を聞いたの?言ったほうが身のためよ」
「俺は何も聞いてない」
「エリカちゃんを守るため?それとも、翼竜の娘を?」
「…………君は一体」
「長話をする気はないわ」
ミヤは笑みを消すと、長袖の内側に隠し持っていたナイフを取り出し、情け容赦なくアーディンの右脚に向かって投げた。アーディンは咄嗟に両腕を交差して自分の顔を庇ったが、右の太腿に傷を負わされてしまい、激しい痛みから声を出して体を横倒しにする。ズボンに赤い血が滲む。
状況を理解するのが嫌で半ば混乱している無様な姿の元上司を、ミヤが呆れた目で見下ろした。
「私、馬鹿な男は嫌いなの」
今回で、本当の意味でのプロローグが終わりました。虫食い状態になってる話を割込みしてから、Chapter.03へと移ります。