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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
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撒くは強欲の硝煙、欺くは(2)



 

「クリストュル様。アルデバランの娘と交わした契約は、破棄できないのですか?」


「……。できるよ」


「!!」


 バルーガは左手を着けて尻を浮かし、体を前に乗り出した。クリストュルは首を左右に振り、期待を打ち壊す。


「ほかに縋る所はない」


「まだわからないでしょう……!?」


 バルーガは右手も着けて必死な顔をする。この男を許せない気持ちは強いが、シュノーブを導いてくれる大きな存在を失えば民に動揺が走って、東国のように内側から崩されてしまう。エリカにも危害が及ぶ。何も良いことはない。



 クリストュルは反論する。


「アンシュタットの長がアイネスの属国になるよう、一年のあいだに何度か手紙を寄越してきた。サラとリラの十二糸のチカラも欲しがってる。バルーガ、君に解決策があれば教えてほしい。それも早急に」


(ぅ)


 あるわけがない。平穏な解決策など。

 クリストュルはやれやれといった気持ちで薄く溜め息を吐き、良い夢を見てるのか口元に笑みを浮かべるエリカを見下ろして、細い目をさらに細ませた。


 バルーガは上半身を後ろに引いて背筋を伸ばし、土下座する。


「……解決策はございません。ですが、シュノーブで暮らす者たちはあなたが頼りなんです。どうかご自覚ください」


「…………」


「エリカはバーカーウェンを出ずとも一人の民として生き、幸せになれます。どうしてもと仰るなら、代わりになる者を送るべきかと」



 彼もまた、小言を並べる臣下の代理人でしかなかったのを、クリストュルは残念がった。



「この(むすめ)の幸福を決めるのは、君ではない」


「……」


「国を長く存続させるには、対抗できる外部のチカラが不可欠。座ってるしか脳のない王が、国を救うために命を棄てて何が悪い?」


 相容れない二人の考え。

 エリカがむにゃむにゃと口を動かし「もう食べれない」と、呑気に寝言を口にする。それを聞いたバルーガは緊張が微かに和らぎ、頭を上げた。

 クリストュルは理解して貰うことをまた諦める。


「疲れた。明日に備えて眠ろう」


「……畏まりました」



 *

  *



 潮の香りから始まる目覚め。

 夜明けの照明。

 聴こえてくるのは、ちゃぷ、ちゃぷ。硬い舟に小波が寄せては返す音。

 内容は覚えてないが、寝ているときに楽しい夢を見ていた。

 エリカは少しずつ瞼を開ける。後頭部が触れている所は何やらかたくて暖かい。

 最初に、オリキスの顔が横を向いているのが見えた。膝枕して貰っていたことに気付く。

 下から挨拶してみた。


「おはようございます」


 声を受け取った彼は此方を見下ろし、小さな笑みを降らせる。


「おはよう、エリカ殿。昨晩は助けてくれて有難う」


「何か凄い魔法を放った所は覚えてます。でも、また使えって言われたらわかりません」


 詠唱もチカラの溜め方も思い出せない。

 エリカは両手を着いて、すっと上半身を起こす。熟睡したからか目覚めは良い。

 足裏が向いていた方向を見ると、バルーガが不貞腐れた表情で座っていた。彼の目尻は強く擦った跡があり、赤く腫れている。


「おはよう、バルーン。元気ないね?島を離れて寂しいの?」


「まぁな」


「?」


 茶化したが、素直に認められて眉を顰める。



「エリカ殿、あれがイ国だ」


「凄い!陸が続いてる!」


 都合良くオリキスとして振る舞う王と、人の気も知らないでわくわくするエリカに、バルーガは不機嫌な顔をして左へ向く。




 港が近付くと、船着場を歩いてる一人の漁師が足を止めて驚いた。


「こりゃあ、たまげたぜ。兄ちゃんたち、死の海域(デスオーシャン)を渡って来たのか?」


 停泊船が並ぶ埠頭(ふとう)で小舟が動きを止めると、オリキスは先に降りて懐から財布を取り出し、紙幣を一枚、漁師に差し出す。


「黙っててくれると助かる」


 見せたのは一万ネリー。

 漁師は周りを見渡して近くに仲間が居ないのを確認し、自分の後頭部に左の手のひらを当てて、へへっと笑って右手で受け取る。


「有難うよ。しかし、どうやって渡ったんだ?まさか、馬鹿デカい竜を退治したってわけじゃないだろ?」


「後日バーカーウェンから人が来たら、そのまさかだと思ってくれ」


 オリキスの返しに漁師はさらに驚いて呆け、紙幣を懐に押し込むと、移動する三人の背中を見ながら仏様を拝むように手を合わせて頭を下げた。




 イ国の南端に在る港ポルネイ。食糧を輸入するための出入り口としての役割が強めで、他国へは木材や石材などの資源を輸出している。

 遠く離れたシュノーブにも行けるが距離は長く、その半分の距離しかないロアナには渡航費の高さが原因で、乗船を諦める一般客が多い。



 初めて本土に来れたエリカは顔を動かし、あらゆる物にひたすら感動している。

 知らない食材を使った屋台、見慣れない建物、漂ってくる匂い。バーカーウェンの住民は肌が焼けているのに対し、ポルネイを歩く船員や商人たちは色が薄めで、洋服を着てるのもエリカには新鮮だった。


「おっちゃん、焼き饅頭を三個」


 バルーガは蒸し物を売っている屋台に寄り道し、銀の硬貨を六枚渡して、熱々の商品が入ってる紙袋と交換した。


「ほらよ。朝飯前のおやつだ」


 彼が紙袋から取り出した物は白っぽくてやわらかい、ふかふかの生地。直径はエリカの手のひらより、一回り小さい。一口頬張ると、刻んだ野菜と捏ねた挽き肉の味が口いっぱいに広がる。


「オリキス」


 名前を呼ばれた彼は紙袋を差し出され、「有難う。しかし、いまは遠慮する」と言って断る。


「ねぇ、バルーン。彼処のお店は何を売ってるの?」


「護符さ。旅の御守りみたいな物で、」


 幼馴染みの二人は、別方向を見て会話する。オリキスはバーカーウェンに居るあいだ何か変わったことはなかったか、雰囲気だけでも掴もうと顔を右に動かし、次に左へ向いた。



(……ん?)



 建物と建物のあいだの向こう側。遠く離れた場所に居る、自分よりも歳上の男に注目する。


(あれは……。なぜ此処に?)


 オリキスは警戒して目深に帽子を被り、目を凝らして様子を窺う。男は船頭と海を見ながら、何か話し込んでいる。



「バルーガ」


「どうした?」


 オリキスは、エリカに会話が聴こえない所へバルーガを招いた。


「急ですまないが、君は前回宿泊した宿屋に行って、店主に『氷壁の守護者に会いたい』と伝えてくれ」


「何かの合言葉ですか?」


「あぁ。シュノーブの衛兵が宿泊している部屋に案内してくれる」


「…………オリキス殿は?」


「エリカ殿に贈り物がある」


 バルーガは渋い表情をした。


「……」


「終わり次第、合流する。時間はかけない」


「了解です」


 オリキスは尾行されないよう、後ろに気を配りながらエリカの所へ行く。


「待たせてしまったね。すまない」


「どうして謝るんですか?何を見ても楽しいのに」


 浮かれ気分の彼女にオリキスは目を細め、笑みを深める。



「エリカ殿」


 彼は先ほど見かけた男が居る方向を、右手の人差し指で示す。


「あちらに、燻んだ黄緑色のマントを装備した魔法剣士が居るだろう?君のことを任せておいた。彼を頼りにするといい」


 そう言って、右腕を下ろす。


「オリキスさんとバルーンは?」


「僕たちは別の用事ができてね、同行が難しくなった」


「……。ちょっと寂しいです」


 表情を見た限り、あまりそう思っていないようだが、言葉だけでもオリキスは嬉しかった。



「シュノーブでまた会おう」


「はいっ」



 明るい返事。ずっと覚えていたい声。

 オリキスはエリカの頬に両手を添えて顔を持ち上げ、五秒、唇を重ねる。二人のあいだに、やはり照れはない。



「良き旅を」


「オリキスさんも」



 できれば隣りで、魔法や戦術を教えて伸ばしてあげたかった。少しでも長く、彼女の笑ってる顔を見ていたかった。

 だが、離れなければ機が熟さない。

 オリキスは人混みに紛れて、足早に宿屋へ向かう。


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