撒くは欲望の硝煙、欺くは(1)
※海竜との戦いが終わった直後の続きです。先の部分は一旦飛ばしましたが、後日、割込みで投稿します。
エリカの髪はオレンジ色へ戻ったが、両脚は脱力してふらつき、体は背中から後ろに向かって倒れそうになった。オリキスがすぐに反応して立ち上がり、前身でしっかり受け止める。
顔を見ると、
魔力を根こそぎ消耗した彼女は二人の騎士の心配をよそに、寝息を立ててすやすや安眠。熟睡してて、朝まで目を覚ましそうにない。
オリキスはゆっくりした動作で仰向けに寝かせ、コートを脱いで体にかけてやる。
だが、そんな思いやりの行動も、バルーガには物を扱ってるようにしか見えなかった。
「「!」」
きらきらした光の粒たちが海面に出現し、航路を築いて、三人を乗せた小舟を自動で進ませる。体に負担をかけない静かな速度で。
バルーガは月が見える方向に顔が向くよう、エリカの足下に移動して正座する。
「クリストュル様。エリカのことを十三番目の糸だと仰ってましたよね。東国から逃げてきた一糸をシュノーブで匿っているのも、他国と戦争をなさるために受け入れたのですか?」
オリキスは沈んだと思っていた長剣が海面に浮かんできたのを見て、右手で柄を掴み、拾い上げて鞘に収めると、エリカの頭から二歩退がった場所に移動して座る。
「怖ければ騎士を辞めて安全な場所へ逃れ、家族と疎開したほうがいいだろうと勧めたいところだが、知りすぎた君をあっさり手放すのは不要になったときだと思ってくれ」
仕えている王の冷酷な言葉にバルーガは戦慄。萎縮して視線を下ろし、膝の上で震える両手を握り締めた。
オリキスは、クリストュルとして話す。
「君には感謝してる。先王ヴレイブリオンから世界のチカラを引き剥がして死に追いやった元凶の娘に、呆気ないほど簡単に出会わせてくれて、信じて貰えたからね」
「!」
なぜ承諾してしまったのか。バルーガはやるせない気持ちになり、さらに深く俯いた。声に怒りが灯る。
「子どものエリカに矛先を向けて復讐ですか?」
「憎しみが沸いたままであれば、もっと早いうちに、手にかけていた」
「ッ!」
バルーガは、がばっと顔を上げて、真面目な顔をしたクリストュル個人を睨み付ける。何も知らず慕っているエリカの気持ちを無惨に踏み躙るその落ち着いた態度と淡白な声音を、とても不快に感じた。
しかし、煽り言葉ではない、本当に思っていたことだ。
「僕は王として、アルデバランの娘に叶えて貰いたい願いがある」
「悪い企てであれば、オレが許しません」
何処までも正義感の強い男だ。実力の差は明らかなのに。
クリストュルはバルーガのことを、良くも悪くも騎士の名に相応しい男だと改めて感心した。思わず、揶揄い混じりの笑いが、ふっと零れる。
「無駄だよ。君では勝てない」
「力で負けても、信条には自信があります」
「そう来たか」
面白い男だ。
「心意気は買おう。だが、僕は勝手に死ぬから、君が無駄死にすることになるよ?」
「。ーーーー ぇ …………」
何を言われたのか、理解までに時間はかかった。
死ぬ?
王が?
バルーガは耳を疑い、怒りの矛先を見失った顔をして、目を大きく見開けた。
クリストュルは話を続ける。
「願いが叶ったら、エリカ殿の魂に巣食うアルデバランの娘との契約に従い、自動で死ぬことになっている」
「…………冗談でしょう?あなた、一国の王ですよ?」
「彼女は死なず、君を縛る者は消える。悪い話ではないだろう?」
簡単に言ってくれる。バルーガは眩暈を起こしかけて、左の手のひらで頭を支えた。
「僕の代わりは居る。命を賭けてまで成したいことなんだ」
「……。なぜ、エリカじゃなければいけないんですか?」
「アルデバランの娘は、水鳥の巫女が遺した片割れの器。世界の半身だ」
「半身?」
「巫女は数年前に死んでる」
「なん、……だって!?」
衝撃を受けて、ついタメ口を利いてしまったバルーガは焦り、両手で自分の口を塞いだ。
クリストュルは気にすることなく話す。
「ロアナの処刑台に立たされ、」と言って、
右手の人差し指で、首を切るような仕草を見せた。
「真っ二つにされたらしい。世界の決め事は、国を統治する者たちの目には悪事に映るとの理由で」
「……」
(だが、あの場に残っていたのは一羽の水鳥だったと言われてる。体をバラして各国に埋めたことで、上層たちは解決したと思い込んでるが)