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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.01 嚆矢<こうし>篇
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04:選択なき要求

 キララの森を通って札が三つ並んだ分岐に戻り、真ん中の道を選んで島の中央へ向かう。足下は不安定なでこぼこの砂利道。丈夫な靴底だから良いものの、踏んだら足の裏に堪えそうな小石がたまに落ちている。


 道幅は人が往来しやすい広さを確保すべく、生えている草を刈り取った跡が窺えた。

 道から外れた場所には、無造作に生い茂った草木。本土でポピュラーな部類に入る薬草と染料に使える花が、十分過ぎるほど植わっている。


(文献には「生息していない」と書いてあった植物だ。島民か移住者が、苗か種を持ち込み、繁殖させたか?)


 初日から詮索し過ぎるのはエリカの精神に負担をかけると思い、オリキスは配慮して質問の機会を延ばすことにした。




 砂浜からエリカの家に行くのと変わらない距離を歩き、森を出る。目の前に広がる景色は平地で、青空を背景に家が点々と並んでいた。

 二人は集落に入り、商い通りの横にある石垣の上の一軒家を目指す。


「此処が私の職場、ヒノエ新聞の事務局です」


 見上げると二階建てだった。壁は白く、ほかの家と違って、屋根は赤茶色の瓦。石造りの階段は低めだ。子どもから老人まで、安心して訪ねることができる。


 上り切った先には、白く塗った木製のドア。大きな釘を一本打ちつけてあり、共通言語で「営業中」と書いた板を吊り下げている。巧いとも下手とも言えない味のある書き方。

 エリカはノブを回し、後ろへ引いてオリキスをなかに招き入れ、数歩進んで左側の部屋に入った。


「局長!」



 オリキスから見たアーディンという名前の、中年男の第一印象は「垢抜けている」。

 エリカを除き、此処へ着くまでに出会った島民たちは全員、民族衣装姿だった。

 局長と呼ばれた彼の服装は、詰襟が特徴の白いシャツに、サスペンダー付きのズボン。目立ちたいのか、明らかに存在が浮いている。



 アーディンは小瓶に入った緑の液体を窓から差し込む陽の光に当てて眺めていたが、オリキスを見て、懐のポケットへ戻した。


「?見かけない顔だな」


 ふわっとした柔らかい髪は、先ほど食べたクッキーの色を想像させる。根本部分は黒い。



 エリカが説明する。


「バルーガと一緒にシュノーブから来たの」


「名をオリキスと申します」


 胸に手を当てて、紳士らしく一礼。

 アーディンは両手を広げ、満面の笑みを浮かべて歓迎する。


「ようこそ、水鳥の島へ!俺はアーディン。島の人に情報を届ける役目を担っていて、エリカの上司兼、代理の親だ。こちらは助手のミヤ」


 側に控えている女性は穏やかな笑みを浮かべ、頭をペコっと下げた。暗い紫色の髪がミステリアスな雰囲気を漂わせている。


「あの洟垂れ小僧が帰ったのか。オリキスくんは長期滞在か、移住希望者かい?」


 ご機嫌なアーディンは「まぁ座りなよ」と、仕事でも使っている三人掛けのソファーへ手のひらを向けた。

 オリキスは真ん中に座り、アーディンは膝の位置ぐらいの高さしかない楕円型のテーブルを挟んで、真正面に座る。


「僕は知りたいことがわかったら、島を出て行きます」


「ほほお?次の便は、一年越えるか越えないかだよ?面白いことを言うね」


「有難うございます」


「それで君は一体、俺に何を聞きたいのかな?

 ヒノエ新聞は、島の情報最先端の発信所!

 代々伝わる食文化!

 労働者の募集!

 景観に優れたおすすめスポット!

 可愛い女の子から、美人の女性まで隅々……」


 熱が込もって冗談を混ぜようとしたが、呆れたミヤがゴホンと咳払いして止める。

 空気を察したアーディンは言いかけて黙り、反省して二秒の()を置いたあと再び勢いを戻す。


「諸々取り扱っている!君の求める情報があれば教えるぞ?」


「アーディン殿は、バーカーウェンに来て長いのですか?」


 キメたつもりが冷静に質問され、調子が狂う。


「うーん?どれぐらい経ったか覚えてないな。オリキスくん、回りくどい話はやめて、単刀直入でいいよ。畏まらず、どうぞ」


「では」


「うん」


十二糸(じゅうにし)の呪いを解く方法、ご存知ですか?」


 お調子者を演じて明るく振る舞っていたアーディンは、眉尻をぴくっと動かして固まる。

 彼は広げた両足のあいだで手を組むと、笑みを深めて答えた。


「そいつはデマだろ。水鳥の伝説発祥の地だからって、世界が与えた呪いは解けないさ」


「なぜ、言い切れるのです?」


「真実なら、過去に十二糸がこの島を訪ねている。おまえさんみたいな物好き自体、初めてだよ」


「"来れなかった"のでは?」


 鋭い指摘にアーディンは笑みを消し、空気が一変する。



「……洟垂れ小僧は了承したうえで、君をバーカーウェンに連れて来たのか?」


「いいえ」


「ミヤ。エリカを連れて席を外してくれ」



 女性陣二人が建物を出たあと、アーディンは険しい顔つきで睨み付けるように見据えた。



「オリキスくん。呪いを解きたい十二糸が何処に居る?人々に敬意と恐れを抱かせ、高い地位に就いて政治を動かす連中ばかりだ。先の事件を起こした織人(オリビト)とやっていることは同じだよ。関わらないほうが身のためだ」


「関わらないほうが、ですか」


「シュノーブから来たんだ、噂ぐらい耳にしているだろう?返り討ちに遭うぞ。世界のチカラに頼らずとも、彼らは強い」


 恐れと不安からアーディンの手に力が込もり、内側でじわりと汗が滲む。

 関係者とわかった以上、オリキスは逃がすつもりはない。左手の人差し指、中指、薬指の三本を立てて見せる。


「僕にはカードが三枚あります」


 オリキスは自分が何者で、なぜバーカーウェンに来たか経緯を明かし、エリカの家で読んだ書物の内容にも触れた。

 聞かされたアーディンは恐ろしい物を見たかのように、顔を蒼白にする。手のひらの冷や汗が止まらない。



「……君……、と、言っていいのか、……わからないが」



 正面に座っている青年への直視を躊躇う。



「此処で、敬語は不要です」


 正体を知ったいま、許可を得ても重圧しか感じない。



「…………。オリキスくん。君の持つカードは強い。そして君の言う通り、十ニ糸の"彼女"が結束を呼びかけているなら、気の毒としか言いようがないよ」


「ご理解に感謝します。呪いの解き方、教えていただけますね?」


 アーディンはぎゅっと目を瞑り、心苦しさのあまり項垂れた。


「できない。水鳥の目覚めはバーカーウェンの奇跡を消して、エリカを不幸にする」


 翼竜(ワイバーン)が生んだ娘は何者か、オリキスは感知していた。


「エリカ殿は、アルデバランの娘ですね?」


 アーディンは心臓に悪い話が続き、衰弱に等しい精神的な疲労を感じる。


「俺と、何も知らないミヤにとっては娘同然。子の不幸を願う親が何処に?」


「親の幸せと子の幸せが、合致していると言えますか?」


 静かに責め立てるオリキスは子ども目線で尋ね、苦悩を否定する。



「…………悪いが、今日は帰ってくれ」


 悩むことは、迷っていることの現れ。


(目的は話した。時間に任せよう)


 オリキスは立ち上がり「失礼しました」と言って、彼の前を離れる。

 自分が島で暮らすあいだ、対角線上の国々ではカードを二枚手に入れる準備が進行中だ。

 エリカを足せば六枚。

 敵対しそうな"(いと)"の数は七。

 一斉に粛清を仕掛けてくる大きな動きは見せないだろうが、戦力と経験を言えばこちらが劣勢。


 負けたら、シュノーブは他国の属国にされる。

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