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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
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喪失

※今回は何箇所か、ざっくりした文章になってます。




 水色の空に、薄い黄色が混ざり始めた。これから夜へと近付いていく。


 バルーガはまたいつの日か戻って来れるのを信じ、一人でキララの森へ向かった。

 家族には、今夜はオリキスが住んでる借家で寝泊まりすると言ってある。島を出ることは一晩限りの秘密だ。


(親孝行らしい何かをしてやれなかったのが、唯一の心残りだな)




 その頃、借家に戻っていたオリキスは、人に見られたら困る物は残してないか、家のなかをもう一度確認する。完全に痕跡を消すことは不可能だが、しないよりはいい。


(寄り道をするか)


 眼鏡をかけたら借家を出て、手ぶらで集落へ行き、広場に設置されてる長椅子に座った。今日取り替えたのか真新しく、木の匂いがする。



「……」


 ふと目に留まったのは、エリカより五歳上に見える若い女が、色とりどりの野菜が入った籠を抱えて歩く姿。その左側には幼い子どもを肩車している若い男が。

 彼らを見て、ほんの少し羨ましい気分になった。



「オリキスさん!」


 右方向から明るい声が飛んできた。顔を向けると、尻尾を振るみたいに此方へ駆け寄るエリカの姿が視界に入った。待ち合わせはしていないのに。入れ違いになっていたらどうするつもりだったのか。



 彼女は一歩分の距離をあけてオリキスの前に立つ。


「書物を焼く準備ができました」


「……」


「?」



「抱き締めてもいいかい?」


 オリキスの瞳を見て、心が微かに揺れているのを感じ取ったエリカは、頷いて快諾した。


「いいですよ」


「有難う」


 座ったままエリカの腰に抱き付く。腹のなかで腸がとくん、と動くのを感じた。



 偶然近くを通りかかった一人の老婆が、二人を見て笑みを浮かべる。


「おや、もうできたのかい?」


 エリカは苦笑いを浮かべて返す。


「気が早すぎだよ」


 老婆は「元気なお子が授かるといいねえ」と、話を聞いてたとは思えない言葉を返して家路に向かった。



 オリキスは頭を優しく撫でられ、瞼を伏せて、少しだけ腕に力を込める。祈りにも似た想いを無言にしたためて。



「…………行こうか」


「はい」




 集合場所はエリカの家。

 草むしりが済んだ庭では、アーディンが小石の尖った部分で、地面に紋を描いている。


 三人は家のなかへ入り、台所で食事をする。これまでは緊張をほぐすために馬鹿なことを言ってきたが、今日は皆、口数が少ない。

 一人は助かって二人亡くなるか、一人は亡くなって二人助かるか。全滅も有り得る。

 心の何処かにもしもという不安を抱えたまま、冒険用の服に着替えて武器と防具を装備。

 準備が済んだら翼竜の部屋に置いてある書物を四人で運び出し、アーディンの指示に従って紋の上に乗せる。


 まだ何も始まってはいないのに、何処となく辛気臭い雰囲気になってしまう。


 アーディンは両方の手のひらを紋に向けて詠唱した。青い炎が書物を燃やしていく。

 灰は空中で集合し、光る水鳥の形を造り終えたら、上空に向かって飛んでいき、バーカーウェンを覆っていた透明の障壁を突き破って自分諸共、姿を消した。

 

 バーカーウェンに棲まうすべての水鳥が羽ばたいて飛び去る。何処へ行ったかはわからない。


「アーディンさん」エリカが声をかける。


「お父さんとお母さんが見つかったら、バーカーウェンに連れて帰るね。それまでは留守番、お願いします!」


 エリカは強気な笑みを浮かべて敬礼した。

 アーディンが左の眉尻を下げて口をへの字にし、自分の腰を両手で掴む。


「土産物はなくていいぞ」


「あっ。ごめん、忘れるとこだった」



 アーディンは三人の顔を見ながら話しかける。


「岸辺に、一艘の小舟を用意した。頑張れよ」


 あっさりした見送り。キララの森を抜けた所まで来てくれないのかとエリカは縋るような気持ちで目を見たが、甘えてはいけないと思って涙ぐむのを堪え、無言で頷き、背中を向けてバルーガと歩く。

 守護者である海竜も消えればこの異様な暑さから解放され、死の海域(デスオーシャン)は安全な航海ができる海域へと変わる。一カ月も経たないうちにイ国から調査員が訪れ、島民から話を聞いて此処へ来るはずだ。

 楽園の終わりが意味するもの。それは災いを招き入れやすくなることを指す。エリカはまだ知らない。誰も教えなかった。言えばきっと、バーカーウェンから出るのを躊躇ってしまう。



 オリキスは二人に聴こえない声量で、アーディンに言った。


「お世話になりました。ご武運を」


「君もね」


「生きて再会できればいいですね」


「俺は勘弁したいよ」


 アーディンは苦笑いを浮かべた。



 嫌味混じりの、簡素な別れの挨拶だった。

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