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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
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甘い香りを手折る(2)

【注意書き】

オブラートに包んでありますが、後半は、ソフトな性的表現が入ります。

 次は、作戦会議だ。

 水霊を退けたあとに待ち構えている海竜をどう倒すか?


「オレの記憶では水の蟹よりデカくて、首は長め。全長は不明だ。大きな口には、舟をバリバリ噛み砕けそうな牙が生えてたな、角みたいな形の」


「有難う。当時の姿は、体が小さい子どもの目から見た大きさであって、年数が経ったいま変わっている可能性はある。だが、参考にはなった」


 バルーガはオリキスに向かって、頷いてるようにも見える頭の下げ方をした。


「……。オレたち三人ができることってのは、

 小ダメージを与えて、属性と弱点を調べる。

 逃げるだけの余力を残して戦う。

 防御力、攻撃力、速さ、回避率の四つを上昇させる魔法と道具を使う。

 これが限界だな」


「動きは戦いに突入したとき、指示と掛け合いで決めよう」


 ざっとしているが、敵の情報が少なすぎて対策の練りようがない。



 最後は、持ち物の最終確認。荷物は戦闘の邪魔にならない程度の量を一つのリュックに入れておき、海上ですぐに使用する必需品はポケットへ。ベルトに提げた革製の小袋や小さい鞄にも入れておく。

 回復薬の補充は立ち寄った村や港で購入するか、自分たちで採取し、調合すればいい。新しい武器と防具は、依頼を請けて稼げば手に入る。



「……じゃ、明日の夕方まで解散すっか」


 バルーガは家族宛の手紙を書くために、これからヒノエ新聞の事務局を訪れる。エリカは自宅へ戻り、入れ違いで両親が帰ってきたときのことを考え、書き置きを残しておくと決めた。


 オリキスは二人を見送りに、玄関先まで付き合う。



「ーーエリカ殿」


「?はい」


「書物を燃やす前に、もう一度読んでおきたい。今日の夕方、失礼させて貰ってもいいだろうか?」


「いいですよ」


「有難う」


「それじゃあ、食事の準備をしておきますね」


「手伝うよ」


「わかりました」





 夕方、オリキスは料理に使える根菜を大きな葉で包み、持参して、エリカの家を訪れた。


「突然の話で申し訳ないが、泊まってもいいかい?」


 着いて早々、無理を言ってみる。

 エリカは包みを受け取り、台所へ入ると、まな板の上で開けた。口元には笑みを浮かべているが他意はない。


「両親の部屋で良ければ」


「何処でもいいよ」


 オリキスは歩いて彼女の左側に移動。水を張った桶のなかで、根菜の土汚れを落としていく。


「私の部屋にあるベッドは狭いし」


 エリカは、平らなザルの上に重ねて置いてある緑色の葉を、適当に数枚、手に取って、まな板の上に乗せる。


「バーカーウェンに住んでる女の子は、夫婦になることが決まってる男の人以外、部屋に招いて泊めちゃ駄目って決まり事があるんです」


 そう言って包丁を握り、ざくざく音を立てて切る。


「君は、真面目だな」


「?」


 オリキスは洗い終えた根菜をまな板の端に置く。




 二人で夕食を作って済ませたあと、彼は食器を洗うのを手伝おうとしたが「時間が惜しいですよ?私がします」と言われ、背中を両手でぐいぐい押されながら翼竜の部屋に入った。


「どうぞ、ごゆっくり。洗い終わったら来ますね」


 にこやかな顔でドアを閉められる。



(……今日は……、?……匂いがする……。あれか)


 室内を照らしているのは、大きな燭台に刺してある太い蝋燭。微かだが、上品な香りが漂ってくる。オリキスは彼女の心遣いが嬉しくて小さな笑みを浮かべた。



(そういえば、始まりは此処だったな。終わりも同じとは面白い流れだ)


 本棚に近付き、背表紙の頭に右手の中指を引っ掛けて書物を取り出すと左手で開け、読み落としはないかゆっくり捲る……と言っても素振り。


 ラグの上に座り、黙ってページを捲る。

 オリキスは出発するまでに、どうしても確かめておきたいことがあった。


「……」



    コンコン



 一冊を流し読みし終えた頃に、ドアをノックする音が聞こえる。



「失礼します」




  *

*   *

  *




 彼は何も纏わない姿で、ベッドの上に横たわっていた。腰から下は薄掛け布団をかけてある。日中のあいだに太陽の熱を吸い込んだそれも暖かくて気持ちいいが、心を癒やしてるのは左腕のなかで微睡んでいる()の存在だ。



 幼さが残る寝息。

 やわらかい素肌。

 甘く熟れたあとの顔。


 裸眼で眺める。



『既成事実を作るのもいいと思ってね』


 口付けを皮切りにオリキスから迫られたエリカは、頭のなかでぐるぐる歩き回り、困惑しながらも一所懸命、断り方を考えて言葉を選んだ。


『私に嫌がらせをする人ではないと信じてます』


 手を出せば、相手から尊敬の念を奪うことになる。そんな馬鹿な真似をする人じゃありませんよね?の意を込めて、エリカは誠実さに訴えた。

 しかし、思い通りにはならない。


『では、身を任せてごらん』


『』


 あからさまに抵抗したほうが正解だった。嫌悪を示せば、彼は謝罪して引くつもりでいたのに。怒らせず、悲しませず、傷付けたくもない、その深い優しさが仇になってしまった。



(固まった顔は面白かったが、予想外だったな)


 エリカが受け入れたのは、許してもいい男だったから。流れに身を任せておけば、この男は面白味に欠けて中断するか、抱けば気が済むだろうと彼女は考えた。


(おまけに、緊張や恥じらいを感じずに終わるなんて)


 初めてとは思えない潔さにも驚いてしまう。冷静だったと言うべきか?兎角どうでもいい男には、とことん残酷らしい。


『意地悪の意味がわかりません』


『エリカ殿が恥ずかしがったり拒んだりしないから、僕はムキになってる』


『なるほど』


 まったく掠りもしないことが、オリキスには新鮮で愉快だった。


 彼女の好意は、恋心から遠く離れた場所にある。「愛とは支配」、そんな非道とも受け取れる台詞を言われても、怖がるどころか気にせず受け入れて、従順に熱を捧げた。両者の性を、強く意識することなく。


 

 だが、オリキスが確認したかったのは、エリカの気持ちではない。重なりの先に掬えるものを自分の内側に見ることができるかだった。


 救われている、

 愛したい、

 愛されたい、

 振り向いて欲しい。


 身勝手な要求心。

 ……はっきり掴むことができた。



 もう一つ収穫がある。

 エリカは初め、本気ではないだろうと思っていたが、体の重なりが終わる前、オリキスが自身の気持ちに確信を得た瞬間を見抜き、視線を逸らした。


 いまの関係を壊さないように。

 感情を素通りするほうが幸せなままで居られる。



 オリキスは満足した。

 淡い心を手に入れるのはずっと先でいい。エリカには計画通りに進んで貰わないと困る。



(おやすみ)


 眠っている彼女の左頬に右手を添え、額に口付けを落とすと、蝋燭の火が消えた。


 カーテンを通して入り込む月明かりに照らされながら、二人の意識は静かな夜と同化する。

 オリキスは、彼女を優しく抱き締めて眠った。



 心に降り積もっていた黒い綿雪は、白い結晶に変わって溶ける。





  *


    *




 両親の部屋でエリカは朝を迎えた。しかし、すぐには起き上がれない。隣りにある温もりがまだ眠っている。


(確かに、嫌なことではなかった……)


 昨夜は声を甘く咲かせ、露を纏ってくたりと(しお)れていった。長雨のときは、湿度で肌の表面がベタついて不快になることはあるのに、気持ちが擦り合わなくても、二人の熱で溶かした汗は心地よいと感じる。


「…………おはよう」


 目を覚ました黒い瞳に、何もなかったように笑いかける。


「おはようございます」


「……」


 薄明かりのなか、エリカはオリキスに誘導されて再び熱を通わし、理性が蹂躙されるのを容易く受け入れた。



 後悔はない。

 誤った認識もない。

(脱皮した気分…………)


 婚約者が居る相手と一線を越えた事実については、不健全だと理解はしている。


(恋愛感情が芽生えたら、相手を振り向かせたいとか、好きな気持ちが止まらないって聞いたけど、……)


 重なりを終えたエリカは湯を溜めた浴槽のなかで両脚を抱えて座り、島民たちから聞いたことがある恋の体験談を思い出して、やはりオリキスへの気持ちは信頼と信用の壁を超えていないのだとわかる。

 喜びはなく、幸せもなく。嫌がる理由もなかった。


 臍の下に右の手のひらを当てて、腹部を見下ろす。




 湯浴みを終えて着替えたあと、両親の部屋にまだ居るのか様子を見に行こうとしたら、丁度退室したばかりの、衣服に身を包んだオリキスが立っていた。

 彼はノブから左手を離し、視線を顔に向けたまま無言で突っ立っているエリカを見る。


 歩いて距離を詰め、彼女の頬に両手を添えると、表面が触れるだけの浅い口付けをした。


「関係ないことはしないと言わないんだね」


「諦めました」


 真顔で返されたオリキスは、くすっと笑い、彼女の頬から手を離す。

 二人のあいだで何かが大きく変化したわけではない。エリカは安心した気になって、笑みを浮かべ返す。


「ごはん作りますね」


「手伝うよ」





「機嫌、悪そうだね」


「悪そうじゃなく、悪いんです。誰のせいで、卵がこんな目に遭ったと思うんですか」


 皿に乗っている焦げた卵焼きを、エリカは据わった目で一瞥した。オリキスは右手の甲を顔に当てて俯き、笑いを堪えている。


(むう……)


 調理中に後ろへ立って腰を抱き締めるまでは許せても、その先を甘く()じ開けるのは駄目だ。湯浴みが完了したあとである点も併せて。

(だけど、邪魔とか鬱陶しい……とは言いづらい)

 弱みに漬け込まれてもいないのに(こら)えてしまう自分の性格にも、エリカは溜め息を吐きたくなった。


(出発する日の朝がこんな風になっちゃうなんて。オリキスさんの馬鹿)


 エリカは頭のなかでぶつぶつ文句を垂れたあとテーブルの上に両手を乗せ、少し前のめりになって注意する。


「一緒に楽しくごはんを食べたかったら、しちゃいけませんよ?」


 彼は顔を上げて右手を下ろし、目を細めて悪戯な笑みを浮かべる。


「考慮する」


「約束してください」


「嫌だね」


「……オリキスさんの我が儘」


「君もね。いただきます」


「……、いただきます」


 自分も変化することはないだろう。エリカは平らな籠に入ってる丸いパンを一個、左手で掴み、卵焼きが乗ってる皿の上で千切りながら思う。

 憂鬱さが完全に晴れたわけではないが、気は楽になった。無事に海を越えれるのか緊張と不安に挟まれているのを明かせば、心配させたり悪い方向に考えが感染ってしまうのではないか?二人の足を引っ張り、自分まで気持ちを引き摺ってしまうとも考えていた。戦いも、動きに付いて行けるか気になる。



「エリカ殿。僕とバルーガが身を挺して、君を向こう側へ行けるようにするからね」


 オリキスは右手で食事用のナイフを持ち、サラダを挟もうと、パンに切り込みを入れる。


「……」

 

 なんだかんだ言っても彼は優しい。隠してる暗い感情の封を切って取り出し、開けても大丈夫だよと、手のひらに乗せて一緒に見てくれる。

 エリカは嬉しくて口元を緩め、食べかけのパンを皿の上に置き、膝の上に両手を乗せて頭を下げた。


「よろしくお願いします」



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