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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
45/142

甘い香りを手折る(1)


  *


    *




 あれから一週間が経過。

 オリキスは、借家の台所へ二人を招き入れた。

 窓から差し込んでくる光は今日も暖かいが、殺風景になった室内の空気は、何処か冷たく感じる。


 全員がテーブルを取り囲むと、彼はシュノーブから持参してきた大きな地図を広げ、「バーカーウェン」と書いてある部分を、右手の人差し指で示した。


「僕たちの現在地は此処」


 右下にあるバーカーウェンを始発に、なぞるように指先を走らせながら話す。


死の海域(デスオーシャン)を渡ってイ国に着いたら、東北東に位置するアルバネヒトを目指す。そこから南西に移動してダーバへ行き、山岳を越えて南のロアナへ。

 乗船して北西のヤマタヒロへ向かい、すぐに別の船に乗り換えて、北北西にあるシュノーブへ行く。

 何か質問は?」


「はいっ」。エリカが右手を肩口まで上げて挙手した。


「この順番にした理由を教えてください」


 バルーガは下がる右手を見ながら、神妙な顔つきをする。


(オレも同じことを思った。来たときと違う道順だ)


 おまけに遠回り。



 オリキスは小さな笑みを浮かべ、地図から手を離す。


「エリカ殿は初めて外を知るのだろう?観光しながら勉強をと思ってね」


(また甘やかすほうに逆戻りですか)。バルーガは半眼になり、渋い表情でオリキスの顔を見る。二人がギクシャクするよりはマシだが、あいだに挟まれている者としては微妙な気分だ。



「でも」



 オリキスはそう言って眼鏡のブリッジを左手の中指で押し上げ、真顔になる。


「首都には、ほとんど立ち寄ることがないと思ってくれ」



 バルーガは自分の腰に両手を置き、口を開く。


「……東国と栄冠都市は、雰囲気が悪いんだったな。避けて正解だ」


 事情を知らないエリカは、

「雰囲気って?」

 と、訊ねた。


 オリキスは答える。


「隣国に占領されているんだよ」


 魔法軍事国家のアイネスにだ。

 二人の騎士が、本土を旅してるときのこと。他国の現状がどんなものか肌身で知りたくて、東国のアルバネヒトと学問栄冠都市のウォンゴットに立ち寄ってみたところ、冒険者、商人、旅人の往来は許可されていたが、治安は決して良いとは言えない状態だった。

 なかでもオリキスが一番気に入らなかったのは、アンシュタット一族が定期的に訪れて、街を取り締まっていることだ。



 バルーガは地図の真ん中に近い所を、右手の人差し指でトントンと軽く叩いた。


「ダーバの首都には関所がある。此処を通過したらロアナへ一直線だ。役人が面倒くせぇけど、アイネスの軍門に降ってないだけ治安はマシさ」


 エリカは、バーカーウェンよりも大きい群島を見る。


「じゃあ、ヤマタヒロって所は?」


 オリキスは口元に小さな笑みを浮かべた。


「シュノーブが目前にあるから、じっくり見て回る理由はないと思ってね。帰還後に、日を改めて行けばいい」


 目的地が眼前に迫ってきたとわかって肩の力を抜いた途端、敵に見つかって隙を突かれることは有り得る。

 イ国に着いてすぐシュノーブ行きの船に乗ったほうが安全な気はするが、偶然誰かが同乗していて行く手を阻んできたら、海上となれば逃げ道がない。陸だと、何かの拍子にアルデバランの娘を連れてることが他国の十二糸に伝わって面倒な事態を招いても、何とか退路を作れる。



 エリカは、二人に向かってにっこり笑った。


「取り敢えず、道案内を任せておけばいいんだね?」


 バルーガは頷く。


「簡潔に言うとそうなるな。長めの遠足に出掛けると思えばいいんだ」


 戦争の痕跡、

 醜悪な環境、

 歪んだ感情。

 平和な場所で暮らしてきたエリカから見て納得し難いと感じる景色や出来事が、本土には溢れている。

 だから、なるべく楽しい所や良い所を中心に見せてあげたい。

 二人の騎士は、外の価値観に慣らすのは少しずつでいいと思った。



 エリカは再び地図を見下ろし、食い入るように文字を読む。国、地方、海域、山岳、村、城など、目立つ場所の名前が、これ一枚にすべて載っている。旅人向けに発行されてる廉価版の商品も、彼女にとっては宝に見えた。


「二人とも、こんなに遠い所から来たんだね。土地も凄く広い」


 手と指を使って距離の長さと面積を比較する無邪気なエリカにオリキスは肩の力を抜いて、小さな笑みを向ける。


「広いと言っても、林や湖がいくつもあるから、実際に移動してみると狭く感じるよ?」


「じゃあ、人に会いたくなっても、すぐに飛んで行けますねっ」


「そういう見方もあるのか。僕は長年住んでるけど、不便としか思ったことがない。君の目を借りれば、魅力に変わる部分がたくさん有りそうだ」


「もしもシュノーブの王様が、私を観光係りに任命してくれたら、オリキスさんも一緒に働きませんか?」


「ははは」


 バルーガは国王相手に言いたい放題のエリカを見て、人から教わった諺を思い出す。(知らぬが仏)。

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