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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
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大切にする意味(4)




 丘陵の麓へ行った日から、三度目の夕方を迎えた。

 エリカは自宅で一人、台所のテーブルに突っ伏し、生気が飛んでしまいそうな顔を右に向ける。


(根に持つ人だろなとは思ってたけど)

 まさか、此処までされるなんてーー。


 集落でオリキスとすれ違っても、「やぁ」と言われて顔を逸らされるか、口元に小さな笑みを浮かべられて片手を肩口まで上げるだけの、簡素な無言の挨拶しかされない。徹底的にエリカを避けてる空気があった。

 せめてバルーガが居てくれれば話しやすい雰囲気になって謝罪できると期待したが、二人揃って居る所に遭遇しない。


(時々子どもっぽくて甘えん坊な人だから、簡単に許してくれるって勘違いしてた)


 憂鬱な気分になる。

 甘えていたのは自分のほうだった。親しい間柄として、オリキスが気持ちを離すことはないだろうと過信していた。


(友達同士の喧嘩だったら、意地でも仲直りしようって突撃するのに)


 それができない。



「はぁ…………」



 溜め息を出すと、余計に虚しさを感じた。



  --コンコンッ



「!」


 玄関のドアをノックする音が聞こえ、顔を上げて、即、立ち上がる。

 こんな時間帯に家を訪ねてくる人物は、指折りで数えるくらいしか思い当たらない。

 エリカは急いでドアに駆け寄り、ノブを回して押し開け、訪問者の顔を確認する。



「よお」



 デノだった。


(なんだ……)


 思っていた人物ではなかったことにエリカは残念がりながらも顔に出さないよう、普段通りに接する。


「何?」


「話がしたくて来た」


「うん」


「オリキスとは、本気で好き合ってんのか?」


 その話かとエリカは気分を下げ、口元に笑みを浮かべてノブから手を離し、呆れ気味に返す。


「デノってば変なこと訊くんだね」


「だってよ、おまえら、あっさりしすぎだろ」


(鋭い)


 エリカは表情を変えることなく言う。


「人前だから」


「」


 デノが固まるのを見て追撃に移る。


「お泊まりしてるときはそうでもないよ?」


「…………。はは……。ミーやルアんちにも行ったこと、あった、もんな」


 デノは現実を認めるのが嫌で、良い方向に捻じ曲げて正気を保とうと苦笑いを零す。エリカはその様子を見て、想像力のある男で良かったと思った自分の感情に吐き気を覚えた。


「オリキスさんは友達じゃないってば」


「ッ……!!」


 直球の否定に激しく動揺する姿を前に、エリカはわざと遠慮がちな笑みを浮かべる。


「話は終わった?私、明日の準備しなきゃいけないの」


 残酷だが、早く諦めて帰って欲しかった。



「…………おまえ、変わったな……」


「え?」


 何を言われたか聞き取れない呟きだった。



     バタンッ!!


 デノは玄関のドアを掴み、力を込めて完全に開け切った。エリカは突然のことに驚き、後ろへ一歩、怯むように退がる。


「オリキスが来るまで、おまえそんな冷たい言い方しなかったのに」


「きゃっ!?」

 両肩を掴まれて悲鳴を上げると、勢いよく押されながら家のなかへ入られる。

「なに、、、やだッ」

 想像していなかった展開に、エリカは目を見開けて混乱した。


「あんな気取った奴やめとけよ」


「ッ”!」


 体は台所へ入り、背中がテーブルの端にぶつかった。強い痛みを感じて表情を歪める。


「離し、てッ」


 上半身をテーブルの上に倒されてしまった。

 見上げた先には冷静さを欠いた男の顔。嫉妬深さからオリキスへの怒りに満ちた目は、常識を考える余裕を失っている。


「俺にしろよ」


「、、、私は……ッ、嫌!!」


 顔を近付けられそうになったエリカは下から睨みつけて、思いっ切り股間を蹴り上げた。


「ぐへっ!!」


 見事なまでに命中。デノはエリカから手を離し、両手で股間を押さえ、悶絶しながら後退する。


(早く逃げなきゃ!)


 エリカは隙を狙ってデノを床へ突き飛ばし、走って家の外へ出た。



 薄闇の下、追い付かれないように全速力で駆ける。後方から走ってくる気配はなかったが、動きが鈍くなる草むらは避け、灯りの色に当たらない場所を瞬時に選び、集落の外れまで行った。


「……、……、」


 立ち止まり、肩で息をする。

 ミヤの所か女友達の家で泊まらせて貰えないだろうかと思ったが、向かってる途中でデノと遭遇したら嫌だ。怖い。


(もっと遠くに逃げなきゃ)



    ーー ガサッ


「!!」

 背の低い草を踏む音が右方向から聞こえ、頭のなかを真っ白にして振り返る。



「エリカ殿?」



「…………オリキスさん」



 震えた声で名前を口にした。

 眼鏡をかけ、七分袖の衣服に身を包んでる姿が視界に収まる。


 偶然、外で会えた。



「…………あれ?」


 安心しきったエリカの頬へ涙の筋が伝う。

 様子が変なことに気付いたオリキスは怪訝な顔をした。


「何かあったのかい?」


「……」


 エリカは瞼を半分伏せて目頭を押さえる。口を利きたくない、そう拒否されるかと思ったが、気にかけて貰えた。



 良かった。



「家まで送ろうか?」


 彼はすぐ手が届きそうな所まで、歩いて来てくれた。エリカは心をくしゃくしゃにし、涙ぐんだ声で返す。


「帰ったら、一人になるのが怖くなります」


「嫌な夢でも見たのかい?」


「……」


「……うちでお茶を飲んで落ち着くといい。帰りたくなかったら、何日でも泊まるといいよ」


 オリキスはエリカの前まで歩き、右手を差し伸べ、震えている左手の拳を握る。エリカが弱々しくも精一杯の力で握り返すと、彼は歩き出した。



 温かい手のひらに段々気持ちが溢れて、涙の量が増える。

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