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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
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大切にする意味(3)




「エリカ!」


 ヒノエ新聞の事務局の近くで女友達に遭遇。明るい笑顔で声をかけられた。


「今日はルアやミーたちと貝殻ネックレスを作るの。これから一緒にどう?」

「恋人のオリキスさんに、ブレスレットでも作って贈りなよ」


 仲直り(?)に物を渡すのもいいかとエリカは目をキラキラさせたが、

「ううん、今日はやめておく」

 眼鏡のブリッジを左手の中指で押し上げる、さめざめとした顔が過って断った。やっぱり遊んでいたのかと思われるのは嫌だ。

 女友達に「またね」と言って別れ、再び事務局がある方角へと歩き出し、難しそうな顔をする。


(貝殻なんて、オリキスさんから見れば幼稚だろうな)

 

 家を直接訪ねて謝罪しに押しかけるのはどうだろうか考えたが、差し障りのない言葉を使われてすぐに追い返されそうだ。

 お詫びに食べ物を持って行く?……駄目だ。要らないって拒否されたら凹む。


(日が経てば元通り…………だよね?)


 時間は大して過ぎていないのに、不安と焦りが少しずつ蓄積していく。







 何も知らないバルーガは本土へ行ったあとの話がしたくて、昼食前にオリキスの家を訪ねた。


(ちんちくりんは不在か)


 室内に視線を配る。今日は異様に静かすぎて不気味だ。オリキスは椅子に座って薬の調合をしているが、窓辺に設置した横に長いテーブルへ向かって手は動かしても、此方を振り向こうとはしない。


「不快なことでもあったのですか?」


「無いよ」


 じゃあこの澱んだ雰囲気は一体何なんだと、作業部屋の出入り口付近に立っているバルーガは渋い表情で背中を見た。

(胃が痛てぇぜ)

 左の手のひらをお腹に当てる。シュノーブへ戻る頃には穴が空いてそうだ。


「今日はエリカ、居ないのですね」


 王の手前、三人で居るときを除いてちんちくりんと呼ぶことを控えた。


(いとま)を出した。友と遊ぶ時間も必要だろうと思ってね」


 散々振り回しておいて、今頃そんなことを言うとは。

 バルーガは一瞬驚き、

 なるほど、王の機嫌が悪いのはエリカが原因かと察して左手を下ろす。


「意見の食い違いを起こしたのですか?」


「いや。付き合わせてばかりで申し訳なかったと反省してだ。君も僕に合わせて疲れているだろう。一週間、羽を伸ばしてもいい」


(長期戦かよ。ちんちくりんの奴、休ませてくれって駄々捏ねたんじゃねーだろうな)



 だが、良い機会だ。

 訊くならいましかないと思ったバルーガは真顔になり、口を開く。



「…………クリストュル様、教えていただきたいことがございます」


「何かな?」


「エリカをどのように見ていらっしゃるのですか?」



 客観的に見て、一人の男が異性に相手にされなくて拗ねているように映る。弟子に構って貰えないから、というのもあると思うが。



「…………」


「…………」



 ……十秒は待った。返事がない。


 もしや不興を買ったのか?

 バルーガは、顔と視線を少しだけ下げた。


「申し訳ございません、ご婚約者のリラ様がいらっしゃるのに。失言でした」


 オリキスは葉っぱの上に置いてある赤い粉を摘み、透明の小瓶に入った真っ白い液体にかける。色は、上から徐々に水色へ変化していった。



「可愛いと思うよ」



「」



 肯定とも受け取れる静かな声。

 バルーガは困惑し、返事に迷った。


「折角、足を運んでくれたのにすまないね。今日は君も自由にしてくれ」


「畏まりました」


 穏やかな声で念押しされたバルーガは慌てて一礼し、家の外へ出て振り返る。

 平凡な田舎娘に育ったエリカに、高貴な王族の相手が務まるとは思えない。王が物珍しさで起こした気の迷いであれば良いのだが。


(~~なんでオレが世話を焼かなきゃなんねーんだよ!)


 バルーガは叫びたい気持ちを堪え、その足でエリカの所に行ってみた。




 島民に尋ねて向かった場所は、集落にある一軒家の玄関先。エリカは軒下の縁側に座り、依頼主の女老人と楽しげに話しながら仕事をしてる最中だった。黄緑色の果実を左手に持ち、同じ方向にゆっくり回しながら、右手に持ってるナイフの刃を当てて器用にするすると皮を剥いている。特に変わった様子はない。


「ちんちくりん」


「おはよう」


「ああ、おはよ。おまえ、オリキスを怒らせたのか?」


 バルーガの質問にエリカは絶望した顔で固まり、手を止める。


「怒ってるの?」


「オレの勘違いならいいんだ」


「……」


 明らかに勘違いではない顔だ。

 バルーガは嫌な予感がして苦走った顔をする。


「思い当たることでもあんのかよ?」


 エリカは手元を見て、再び仕事を進める。先ほどより手の動きが速い。かなり狼狽えている。


「私の友達が嫌味を言ったせいだと思う」


「!おまえと関係してるんじゃ、」

「変な意味じゃないよ。男友達の一人がオリキスさんに嫉妬したの。恋人だったら束縛せずに遊ばせてあげないとって」


 エリカは、まくし立てるように説明した。



「あー、それでか」


(二人揃って、思いっきり関係してるじゃねーかよ)。我の強さにバルーガは呆れた。

 要するにオリキスは、へし折られてしまったのだろう。これまでの彼は「僕たちのことに口を挟まないで貰えるかい?」と悪態をつき、有無を言わせない笑みを浮かべて反論したはずだ。

 推測でしかないが、今回はエリカとの距離を大切に考えているから立ち止まった。もう恋人ごっことは言えない気持ちに在るのだとすれば。


 男心をそこまで理解できない渦中のエリカは浮かない顔をして、裸になった果実を瓶のなかへ入れる。


「やっぱり怒ってるんだ」


「気にしてんのか?」


 エリカは不機嫌な顔をする。


「バルーンが想像してる感情じゃないよ」


(わり)ぃ」

 

「仕事中だから、ごめん」


 これ以上は話したくない。エリカは悲しみが入り混じった苛立った声で遮断する。


 バルーガは右手で頭をぽりぽり掻いた。



(報われねぇなぁ。何もなきゃいいんだが)

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