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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
41/143

大切にする意味(2)

***



 最後の準備を始めて四日目の朝、聖痕の手袋は完成した。


「次は、光芒の札を作る」


「顔色が悪いですよ?根を詰めすぎてるんじゃ……」


 両親の部屋にある椅子に座って助手のように手伝っていたエリカは左を向き、立ったまま書物を開くオリキスの顔色を見て心配になった。休憩を挟みながらだったが、傍目にもわかるくらい彼から疲労を感じる。


「大丈夫。神経質になっているだけだから」


 オリキスは手を止め、小さく笑って返すも、正常ではない自覚はあった。


「君は気にしなくていい」


「……」


「こう見えて頑丈だよ?」


 痩せ我慢だった。



「…………」


 エリカは拗ねた目を向ける。


(私が何も知らないと思って)


 聖痕の手袋を作り始めた日から昨日までのあいだ、オリキスは帰宅後に目を慣らすための訓練を行い、まともにごはんを食べず、代わりに栄養価の高い加工品を口にしていた。バルーガの密告がなければ、エリカは知らないままだった。



「一区切り付いたんですよね?」


「?あぁ」


 エリカはシュッと素早く立ち上がり、目を輝かせて尋ねた。


「気晴らしに打ってつけの所へ行ってみませんか?」


 突然の提案にオリキスは少し怪訝な顔をしたが、黙って付いて行くことにした。







 エリカが大きめの手提げ鞄を持参して連れて来たのは、小高い場所にある静かな草原。ほかに人は居ない。


「目的地はあっちです」


 革手袋を嵌めた指が差したのは、海側の反対側だけ岩壁になっている丘陵。その麓には扇形に広がった小さな海と砂浜があった。海と言っても浅瀬に近く、魚は泳いでいない。


「浸かるだけでもいいと思いますよ」


「……」


 オリキスは水着を渡され、男用の木小屋に入って着替える。上は半袖、ズボンは膝上までの丈。白色に近いベージュ色の生地で、裾にはバーカーウェンの民族衣装と同じ刺繍が施してある。


(気を遣わせてしまった。申し訳ないな)


 此処へ来る途中、エリカが商い通りの小店に寄ると言ったとき、離れた場所で待たされ、遠巻きでも何を購入したか見ることを許されなかった。


「…………」


 正直に言わせない空気にした自分側に非がある。



(あとで散歩に誘ってみよう。札作りは明日に変更だ)


 着替えが済んだオリキスは脱いだ服の上に眼鏡を置き、専用のサンダルを履いて外へ戻った。



「服の大きさ、合ってましたか?」


 エリカが水着姿で待っていた。

 下は、太腿の辺りまでしかない短めのズボン。上はキャミソールで肩紐は二本ずつ。鎖骨は見せても谷間は見せず、丈は股上を隠す長さでひらっとしている。


(色気がないだって?何処が)


 小麦色に焼けた肌に対し、水着は上下ともに樹の皮で染め上げた明るめの茶色。素肌をすべて晒さなくても、自然に色香が漂う。



「あぁ、ぴったりだ」


「良かった」


「君が着ている物は、僕が着てる物とは色が違うのだけれど?」


「お揃いはオリキスさん、嫌がるんじゃないかと思って」


「そんなことはないよ。君が着たいほうを選べばいい」


「有難うございます」


「……」


 気にして欲しい点がズレている。オリキスは右の口端をやや下げて、半ば呆れた目をした。

 砂浜の上を歩くエリカの背中……、半分は素肌を晒している。自分が知らないだけで、バーカーウェンでは当たり前なのか?この露出具合いは。


(後ろ姿を見るのも目に毒だ)

 オリキスは少し駆けてエリカに追い付き、左側に移動して横並びになる。顔を真っ直ぐ前に向けておけば、視界に入れなくて済む。



 一方のエリカは。

(ひょっとして……気晴らし大成功?)

 誤った方向に解釈し、にこにこ笑った。



      ちゃぷ...


 二人は海水に脚を浸けた。砂底の至る場所で、天辺部分が平らな大きい石が埋め込まれており、座れるようになっている。角は丸く削られてて安全だ。



「気持ちがいいものだね」


「喜んで貰えて嬉しいです」


(報われて喜んでいるのは、君のほうだろうに。まぁいいか)


 一人分の距離を空けて石の上に座る。

 オリキスは小さな笑みを浮かべ、右手の中指と親指を使って水面を弾き、エリカの左肩にぱしゃっとかけた。


「いいですよ、その気なら」


「!」


 遊ぶ気満々になったエリカは、同じくらいの量の水で仕返しをした。

 オリキスは真顔になり、両手で水面を叩いて反撃。

 調子に乗ったエリカはその倍の量で返し、頭からびしょ濡れにした。


(きゃあぁぁ!しまった!)

 目を丸くしてぱちくりと驚くオリキスの表情を見て、おろおろする。思い切りかけすぎた。



「……ッ、」


 オリキスは可笑しくて肩の力が抜け、ははっと笑う。エリカも釣られて無邪気に笑った。



(参ったな。こんな日がずっと続けばいいのにと思ってしまう)



 二人が顔を合わさずに過ごした日は一日もない。今日がとびきり一番楽しくて幸せに感じるのは、試練や旅のこと、呪いの解き方についてなど、ほかの何かを理由に過ごしていないから。お互いの姿()が、はっきり見える。


 雰囲気の良さからオリキスは表情を緩めて微笑み、彼女の左肩を掴むつもりで右手を伸ばそうと水面から指先を出そうとした。



「おい、エリカ」


 後方から聴こえてきた、青年の低い声と地面を踏む草履の音。二人は笑うのをやめて振り返る。

 現れた人物は、民族衣装姿の島民。長身で、鼻頭の位置まで伸ばした前髪の右側を垂らし、左側を耳にかけている。



「…………」


 青年の視線と声をなんとなく不快に感じたオリキスは、伸ばしかけた手を引っ込めた。



「魚がいっぱい釣れたんだ。あとでおまえんちに持ってく」


 彼は右手に提げている木製のバケツを軽々と持ち上げた。活きの良い魚が動き、ぱしゃぱしゃと水音を立てる。


「有難う。あ、此方はオリキスさん。バルーンの旅仲間」


 エリカは口元に笑みを浮かべ、左手の指先をオリキスに向けて紹介した。


「知ってる。目立つからな、あんた」


 男は、対抗意識を燃やしてる目で偉そうに見下ろす。


「オリキスさん、彼は同じ年に産まれた友達の一人。名前はデノ」


「……よろしく」


「どーぞよろしく」


 男同士の不穏な空気。


「エリカ、たまには俺たちと遊んでくれよ。寂しくってさぁ」


 馴れ馴れしすぎる言い方に、自分が部外者である自覚をしつつも、オリキスは良い印象を受けなかった。背中を向けて会話が終わるのを待つ。


 エリカはデノに向かって両手を合わせ、苦笑いを浮かべた。


「ごめん。時間できたら声かけるね」


「はあ?んなの、あるだろ。前は作ってたじゃん」


「!」

 オリキスは、ぴくっと反応した。


「長年の友達だから言うけどさ、おまえが無理にそいつの世話しなくてもいいんじゃね?」


 デノは此方に背中を向けているオリキスを一瞥。

 友達に悪く言われたエリカは口端を下げて眉間に皺を寄せ、両手を水中へ戻す。


「無理なんかしてない」


「してるように見えるって」


「馬鹿言わないで」


「エリカは誰にでも優しいから、それでいいかもしんないけどよ。男だったら、好きな女を自由にさせりゃあいいのに」


「デノ!」


「じゃあな」


 嫌味を言って満足したデノは、にやにや笑いながら集落がある方向へと去って行った。

 エリカは残された気まずい空気を察し、オリキスのほうへ顔を向ける。


「!!」


 オリキスの目が少し機嫌悪そうに見えた。

 逆鱗に触れたかもと焦ったエリカは、友達が失礼してすみませんと謝りたくて口を開きかけたが。


「エリカ殿」


「はい」


 先に口火を切られてしまった。


「すまない。彼の言う通り、束縛してるようなものだった。悪かったよ」


「そんなことは」


 話の途中にも拘らず、オリキスは立ち上がる。顔を一切見ようとしない。


「たまには友人たちと遊ぶ時間も必要だ。ましてや、暫く帰れないのだから」


「オリキスさん、」


「三日間くらい休もう。四日でも、五日でもいいよ。今日は誘ってくれて有難う」


「…………」



(デノのせいで機嫌悪くなっちゃった)


 エリカは立ち去るオリキスの背中を見ながら、むう、と拗ねた顔をして、鼻の下まで海水に浸かる。


(行こうって誘わないほうが良かったのかな)


 水中に顔を浸け、もぉ最悪だよ〜〜と、心のなかで愚痴る。


「…………」


 此処に居ても仕方がない。エリカは素早く顔を上げて気合いを入れ直す。

 日が経てば何とかなっているだろう。

 そう信じ、女用の木小屋で服に着替え、集落へ向かった。

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