17:下る魂に救いヲ【vs無し首族】(前半③)
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階段を上り切るまでに出会った黒焦げの死体は、合計で十匹。火魔法を放って、さくっと倒しておいたのは正解だった。
三人は、土色の煉瓦を敷き詰めた小部屋に到着すると、入口を塞いでいる石造りの扉の前に立つ。腕くらいの太さはある木の棒で作られた赤茶色のレバーを、オリキスが両手で下ろすと。
ーー ギイィ……
扉は見えなくなるまで上がり、ズシンッ……と重い音を立てて止まった。レバーから手を離しても下がる気配はない。
三人は一列になって、なかへ入った。
バルーガは周囲を見渡して言う。
「最終地点か」
広々とした円形の広間。手前の小部屋と同じ色をした壁には緑色の蔦が這い、明かりが灯ってる燭台が間隔をあけて埋め込まれている。
ーーズドォン!!
「!?」
後方から重い音が聴こえたと同時に、振動が足下へ響いてきた。三人は即座に反応して、入口のほうへ、バッ!と振り返る。
扉が元の位置に、自動で戻っていた。
「閉じ込められたの?」エリカは焦る。
「こういうのは勝てば開く仕組みになってんだよ」と、冷静なバルーガ。逃げ道を塞がれてしまった以上、すべきことは一つしかない。
三人は肌を掠める微風に気付き、前へ向き直る。
前方で黒い旋風が発生。渦は段々ほどけて、なかから無し首族が姿を現した。
「試練、最後」
無し首族は、自分の身長の倍もある長さの、古びた、それでいて使いこなした直槍を右手側に出現させて掴む。
「オデガ相手、ナル。名前バ、ゾム。勝デネバ、オマエダヂ、ルル、エンクウ」
死海に沈めると言っている。
つまり、死だ。
「名乗レ」
気迫に満ちた声に息をのんだバルーガとエリカは顔を見合わせ、誰から名前を言うか確認しかけたが、この日を待っていたオリキスは二人の承認なしに、真っ直ぐゾムを見て先に名乗った。
「僕はオリキス」
「えっと、私はエリカ」
「バルーガだ」
二人はつられて言った。
ゾムが右腕を真っ直ぐに伸ばし、槍の穂先をオリキスに向ける。
「ヂガウダロ、オマエ、嘘ツキ。クリストュル・ヤシュ」
本名を明かされたオリキスは(余計なことを)と、眼鏡のレンズ下から不機嫌な視線を送る。
エリカは目を丸くして(偽名だったんだ?)と、少し驚いただけで気にしない。
バルーガは青褪めた顔をし、恐ろしい物を見る目で、横顔を凝視する。
「…………まさか………、」
オリキスはいつもの冷静な表情でバルーガの顔を見ると左手で鞘を持ち、右手で長剣の柄を握ってするりと抜く。
「君にとって、聴きたくない名前なのか?」
否定とも肯定とも受け取れる言葉に、真実味が増す。
ゾムは膝をやや曲げて構えた。
「行グゾ」
先制攻撃を仕掛けられると思ったバルーガはハッとして剣を抜こうとしたが、ゾムはそれよりも速く両手で槍を握り、目の前でくるくるっと二回転させ、穂先を下に向けて床をすとん!と軽めに突いた。
「『汚濁の霧』」
濃い緑色の霧が辺りに広がる。
((|毒!?))
何を放たれたか瞬時にわかった二人の騎士は、咄嗟に左手を動かして口と鼻を塞いだが、
「う」
何が起きたのかわからなかったエリカはまともに喰らってしまい、右手で上着を掴み、体勢を崩した。胸の苦しさは軽いが呼吸をするのはツラく、体力が削られていくのを感じる。
ゾムは右手で、槍を握り直した。
霧が収まると二人の騎士は口から手を離す。猛毒であれば服や皮膚をすり抜けるが、汚濁の霧は吸い込んだ者のみ喰らうことから毒性の弱さがわかる。
オリキスは突撃してくるゾムの動きを見抜き、槍による物理攻撃を上手く回避しながら斬り返す。彼にしてみれば、追い付くのが難しい速さではない。
「バルーガ!状態異常を回復する魔法をかけるには、時間を少々要する!」
ゾムは間合いを取ってオリキスとの距離を一気に詰めると、汚濁の霧のときより強めに、槍の穂先で床を一突き。左手の人差し指と中指を立てて詠唱。
「『石デ破壊スル』」
「!!」
尖った巨大な石たちがゾムの周りを囲うように、斜め上に向かって床から勢いよく突き出る。オリキスは素早く後方に飛んで回避を試みたおかげで、肩を軽く突かれる程度で済んだ。
しかし、攻撃はまだ止まない。
ゾムは豪快に槍を振り回して自ら石の壁を砕き、周囲に居る者に欠片を当てて追加のダメージを与える。これもまた、オリキスの頬や顎を小さく掠った。