14:掃き溜めの冠を授かりし者(後半)
「僕は笑えません」
怒気を含む冷たい声と視線を受けたアーディンは、言い訳がましい言葉を吐いた。
「わかってる、俺だって人間の端くれさ。後ろめたさが微塵もなかったわけじゃない。だが、責められる理由はあるのか?平和を取り戻すには犠牲が付き物だって言い聞かせて、まともな奴で居ようと努力したんだぞっ?少しぐらい同情してくれたっていいじゃないかっ……」
「それが本音ですか」
「ッ、」
「許してもいいですよ」
「」
アーディンの目に、希望が一瞬灯った。
オリキスはテーブルの下で脚を組み、太腿の上で手を組むと、感情が篭っていない冷ややかな笑みを向ける。
「我々シュノーブの民を思って、今度はあなたが犠牲を払ってくださるのでしょう?」
何を要求されるのか。心配になったアーディンは固唾を飲む。
「悪い話ではありません。あなたはエリカ殿に素性を明かさず送り出す、単純な話です」
「……もっと酷いことをされるのかと想像したよ。……」
言ったあと、アーディンは妙な解放感を得ている自分の弱さに気付き、落胆した。手放すのをあんなにも強く反対していたのに。
エリカとは家族ごっこだったことを認めたのだ。
*
*
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「ご馳走様。気が変わったら言ってくれ」
伝えるだけ伝えて、アーディンは帰った。
オリキスは台所の調理場に立ち、飲み水を貯めてある大きな甕の蓋をズラして柄杓でコップ三杯分掬うと、かまどの上に乗せてある両手持ちの小鍋に入れて五種類の薬草を加えたら、マッチを擦って薪に火を灯し、沸かしにかかる。
「……」
やさぐれた夜の衣を溶かす暖かい陽に想いを馳せる。愛しさが湧いてきて、微かに憂鬱な気分が、すう、と差し込み、影を帯びていく。
オリキスはアーディンに言われたことを、頭のなかで振り返った。
『君がどんなに手厚く愛しても、あの子は掃き溜めにしかなれない』
真剣な顔で警告されたオリキスは、冷笑を浮かべて反論した。
『手に入れる自信はあります。大事にして此処まで辿り着いたのですよ?海を渡った先でも上手く遣れるでしょう』
『アルデバランの娘に選ばれた魂は、欲望の掃き溜めという名前の冠を授かって産まれ、強欲と悪意を引き寄せることが運命づけられている。変な期待はしないほうがいい』
もやもやした感情が煤になって心にこびり付く。
『運命を変えれば済む話では?』
『簡単に言うんだね。じゃあ、もう一つ、君のためを思って教えよう』
『翼竜の子である事実以上の何か悪いことでも?』
まだ余裕を見せるオリキスに、アーディンはやや苦い表情を浮かべた。
『エリカは、君のお父上に刺客を差し向けた織人の総括、ラオインの孫娘だ』
世のなかをさらなる混沌に陥れた元凶たちの中心、ラオイン・エドマン。オリキスの父親ヴレイブリオンを裏切り者と見做し、葬ろうとした男。
翼竜である息子のギーヴルは自分の信じる正義を選び、世界に忠誠を誓う狂信者になって、血の繋がった親に刃向かった。
二代にわたり、クリストュルの性格を歪ませたわけだが、今度は搾り滓になるまでエリカに人生を奪われてしまう可能性がある。アーディンはそれを心配した。
『僕はこれ以上、何が出てきても、驚きはしません』
呑まれないように線を引き、甘言を用いて気弱な娘を歩かせることは容易い。可愛いらしい手を血で汚させても、いままで通り支えれば済む話だ。余分な感情は手折ればいい。
オリキスは沸かした熱い茶の上澄みを木製のお玉で掬い、水が入ってるカップに足す。ひと口飲もうとしたが、
「!ぁ、つ」
茶が唇に触れた瞬間、口端を軽く火傷した。
それなりに冷めたと思っていたのに。