12:斜光で欠けゆく鋒鋩【vs水の蟹】(後半③)
※注意※
今回は省略した部分が、そこそこあります。
水の蟹は標的を、オリキスからバルーガへ切り替える。
「最低、三日間は休みたいぜ」
バルーガは愚痴を零すと、鞘に収まってる包丁の柄を掴み、速い動作でスッと抜いた。
刃は薄いが、長身の人間並みに大きい魚の骨ごとスパッ!と断てる切れ味の良い物で、用途次第では剣に引けを取らない強さを発揮する。
「エリカ殿、防御魔法を」
オリキスから注文を受けたエリカは威勢よく、
「はい!」
と、返事。対象をバルーガにして詠唱する。
「『荒ぶる者から護れ、いななきの盾』!」
物理攻撃を受けたときのダメージを三分の二、減らせる防御魔法『守護のいななき』。単体のみ有効だ。
バルーガは暴走気味になってる水の蟹の物理攻撃を躱しながら、水を裂くように斬り付ける。柄の重さに体が引っ張られそうになって回避率はやや下がるが、振り回す分にはこれで丁度いい。実家の台所からこっそり拝借して正解だった。
「くッ!」
乱暴に振り下ろされた右爪がバルーガの左腕をかすった。ダメージは受けたが防具は壊れず、体勢は崩さずに済んでる。
彼は口を大きく開け、名前を叫んだ。
「オリキス!!」
攻撃を促す合図。
けしかけられたオリキスは受け入れる。
「三分の一、本気を出してもいい」
その台詞にエリカは固唾を飲んで見守り、注視する。
バルーガは攻撃を中断して回避に切り替え。オリキスは右手の小指と親指以外の三本指を立てて手の甲を表にし、水の蟹に向けた。
「『砂の外套を翻し、汝の瞼を捕らえて覆う、来れ幸福の訪れよ』」
呪文、『囚人の幸福な外套』。
視界のすべてを灰白色で塗り潰された水の蟹はよろよろと脚をふらつかせ、爪をぶんぶん振り回す。知能が低い魔物ほど混乱しがちで、触ることができない何かに覆われている状態ほど怖いものはないと思い込んでいる。
バルーガが急いで水の蟹から離れると、オリキスは長剣を抜いて詠唱。
「『屠れ!深潭から焚べし劫火』!」
剣先を向けられた水の蟹の真下で、赤色に光る、巨大な紋が展開。
魔法剣『深潭の劫火』。剣を頭上に掲げると灼熱色の巨大な鎌が出現し、たった一振りで対象の体を左から右へ、三つに切り裂く。
火属性による強力な魔法剣を喰らった水の蟹は、ズドーン!と大きな音を立てて仰向けに倒れた。
同時に、『囚人の幸福な外套』が解ける。攻撃を受けると効果を失うのが、この呪文の弱点だ。
オリキスは胸の前で手を組み、次の詠唱に移る。
「『我、天地の杖を用いて盤古の泉を溶き、構築す』」
魔力で形成した古い形の杖が出現。オリキスはそれを右手で受け取るように掴む。
「『催すは絶望の宴、荒ぶる風の女神を招き、混濁の咳を与えん』『悲壮が謳うは終章の断末魔。赤の刻印を以て、相応たる悪意の罰を与えん』」
魔法の紋を二重に張る。先の魔法剣でダメージを受けてさらに体が小さくなった水の蟹が再生を終えると、オリキスは締めの詠唱をした。
「『解錠』!」
杖が光の粉になって空中で消える。水の蟹の真下で緑色の紋が光り、風属性の中級魔法を発動。大きなダメージを与えると続けて赤色の紋が光り、火属性の中級魔法による攻撃へ移った。
エリカは、水の蟹が形を成せない状態にまで核以外の全身を散らしたのを見て(鬼畜だ)と思う。
バルーガは再び核に接近し、包丁で小から中のダメージを与える。
(強紋、エグいな)
魔法や魔術を、連続で発動するよう仕掛けるのを強紋と呼ぶ。
「おい、オリキス!ぶっ放すのはいいけどよ!」
「何かな?」
「魔力の消費が激しいことすんなッ!」
強紋を使って攻撃する所までは話し合いで決めたことだが、詰め込む魔力の量については聞かされていなかった。
オリキスは苦情に対し、何とも思っていない顔で答える。
「余力のほうは十分残ってる」
(此奴……ッ!だったら、威力を弱くした魔法の強紋にしとけば、戦闘がラクになっただろうに……!!)
バルーガはイラッとする。大ダメージを与えて一気に畳み込むのも有りだが、機会を見計らって、小または中ダメージの魔法を繰り出し、敵の動きを鈍らせながら上手く戦うこともできた。というか、その予定だった。
疲れたバルーガは距離をとり、体力を中回復させる丸薬を飲み込む。二人で旅をしてるときにオリキスの強さを目の当たりにしたが、真なる実力を見たうちに入らなかったことを此処で知り、モヤモヤした気分になる。
*
*
*
「はあ、はあ……」
三人は無事に、水の蟹を倒した。
火の妖精みたいに変身しなかったが動く量が多かったせいで、肩で息をしての勝利だ。オリキスのみ、背筋を伸ばして立っている。
(収穫なしか)
オリキスは疲れて座り込んでいるエリカを見下ろしながら、長剣を鞘に収める。今日はアルデバランの娘の片鱗がまた見えると期待したが、表出しなかった。微かだった場合、見逃した可能性はある。
「エリカ殿、徐々に成長してるね」
褒められたエリカは顔を上げて、にこー、と笑う。
「そのうち、オリキスさんの横に並ぶ日が来たりして」
「僕は、早く追い越して貰いたいな」
エリカは立ち上がる。
「それは嫌です。だって、追いかけたい背中があったら、頑張ろうって思えるでしょう?」
「……」
思わぬ返しにオリキスは真面目な顔をし、眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げた。
遅れて立ち上がったバルーガはツッコむ。
「おまえでも照れるんだな」
エリカは二人の騎士の顔を交互に見る。
「えっ?そうなの?」
オリキスは背中を向ける。
「……。帰ろう」