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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.02 執心篇
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07:窮屈な言葉がたなびく




 火の妖精と戦った日の翌朝、エリカは上半身が筋肉痛になっていた。弓を使った攻撃に力を入れすぎたことが原因だった。


 疲れ果てているのではないか様子を見に来た二人の騎士は彼女から話を聞き、拳を作るのも難しいとわかって、水の蟹と戦う日を延期。まともに動けるようになるまで最低五日はかかると予想した。

 しかし、安静に過ごしながらオリキスの作った薬膳スープを飲み、ヒノエ新聞に迷惑をかけないようにとバルーガが仕事を代理でこなした甲斐あって、三日後には無事治った。


 完治後、エリカは笑みを浮かべて、

「二人とも有難う」

 (……なんてお礼を言ったけど)


 自宅療養が始まった一日目から、優しい甘い香りと酷く対象的な怪しい色をしたまずいスープを朝と夜に飲まねばならず、夕方に食事を持って来てくれたミヤには「依頼主から、まぁまぁって評価を貰ったわ」と苦笑いされ。


 --戦慄。


 エリカは就寝前にベッドの上で頭を抱え、自然に治るのを待つだけなんて絶対に無理だと焦り、筋肉痛を和らげる方法をミヤから教わって、なんとか気合いで乗り切った。


 頑張ってくれた二人の善意には感謝してる。

 そう、感謝してる。


 感謝…………。





***





 完治から三日目。


「甲殻類なだけに硬いの?」


 蟹の脚をエリカはパキッと折って丸型の白い小皿へ移し、()を作ろうとしている。

 彼女の向かい側の席に居るバルーガは、質問に答えず沈黙。専用の鋏を右手で握り、蟹の脚を左手で持つと、両側を切り落とした。



「「「……」」」



 蟹を前にすると口数が減る。回答が遅くても、誰も気にしない。三人とも目の前に置いてある自分用の蟹に、八割がた意識を奪われている。


 バルーガは緑色の葉っぱで作った大皿に乗っている蟹の右側へ鋏を置き、片方しかない箸と持ち替え、身を押し出してから答えた。


「軟らかい」


 一言のみ。バルーガは身を摘むと顔を少しだけ上に向けて口をやや大きめに開け、一口で食べた。



 三人は今日、本来であれば再び潮の胃袋へ入り、水の蟹と戦うはずだったが、生憎天気が悪い。現在しとしと降っている雨は止みそうになく、空を見ると、昼過ぎには雨脚が強まりそうな色をしている。


 こんな状態では、仕事も訓練もできない。

 ならばとオリキスの提案で、代わりに作戦会議を開くことにした。

 エリカの家の台所にあるテーブルを囲んで椅子へ座り、触っても火傷しない、程良い温度まで冷えた茹で蟹を食べながら。



「中身じゃなくて?」


「全体が」


「?」


 バルーガの短い回答にエリカは顔を顰め、赤い甲羅を見る。


(殻も?)


 仮に剣で攻撃した場合、縫いぐるみのような感触でぐにょっと刃が入り、めり込むのだろうか?殴るみたいな……?


「オリキスは戦ったことあんのか?」


 奇妙奇天烈な図を想像して手を止める無表情のエリカを気にすることなく、バルーガは話を進める。



「…………」

 オリキスは思い出すのに、時間が少しかかった。記憶に強く残る戦いではなかったからだ。

 専用の鋏を左手で握り、目の前にある蟹の爪を右手で持ったら縦に切ってぱかっと開ける。次に、鋏と持ち替えた二本の箸で身をほぐすように綺麗に取り出し、小皿へ移した。


「二回ある。君は?」


「オレは一回。住民から騎士団宛に要請が入ったときだな」


「自ら志願を?」


「んなわけねーだろ。物好きな先輩たちに拉致されたんだ」


「災難だったね」と、

 オリキスは真顔で返したが、不憫とはまったく思っていない。


「おかげで昇級したけどな」


 バルーガは仏頂面で答えた。強敵との戦いに飢えてる先輩たちから「バル!群れを相手にする機会は滅多に巡って来ないぞ!?」と無理やり連れて行かれた悪夢の二日間を、未だ根に持っている。



「エリカ殿」


「!はい」


 声をかけられたエリカは、すぐに顔を上げて反応した。


「水の蟹は液状でね、物理攻撃を直接したら、勢いよく流れる滝に向かって横から木の棒を振るようなものなんだ」


属性付与(エンチャント)しても?」


「あぁ。君のレベルだと、与えれるダメージは四分の一にまで下がるだろうな」


「!たったそれだけ?倒すのに時間かかりそうですね」


 直接攻撃すると手に重みが加わり、威力は落ちて、腕の動きが微かに鈍る。剣を振るうことに慣れてる者でもだ。大弓を扱える豪腕であれば放った太い矢で空洞を作り、戦況を有利にすることはできるが、エリカの腕力では到底無理。それならバルーガに通常の弓を使わせたほうがまだマシである。


「だから、エリカ殿には火と風の魔法を使って攻撃して貰う」


「了解です」



 オリキスは蟹の目を見ながら、一人で脳内会議を開く。

 攻撃力と魔力を増幅させる丸薬か液体を作れたらいいが、常習化すると成長したい気持ちを妨害し、勝っても負けてもなぜそうなったのか考える力が育たない。

 それに、

 増幅剤を使用したところで、エリカは有効時間をとことん活用できるのか?

 できたとして、また筋肉痛になった姿を見ることになるだろう。その分、世話をすればいいわけだが。


(水の蟹に勝ったら、次は無し首族(ノーネック)だ。晴れ次第、防御魔法と中級魔法を覚えて貰おう)



 エリカは蟹の脚の山が完成し、満足した笑みを浮かべてオリキスを見る。


「じゃあ、凍らせて叩き割るのは可能ですか?」


「脅すつもりはないが、凍らせる部分が悪いと凶器になって大変な目に遭う」


「わかりましたっ。使用禁止ですね」


「くれぐれも使わないように」



 バルーガは蟹の甲羅を両手で開ける。


「オレは今回頼りになんねぇから、よろしくな」


 エリカは、きょとんとする。


「魔法、苦手なの?」


「だから一級騎士なんだよ」


 唇をへの字にしたバルーガは蟹の脚から取り出した身に蟹味噌を付けて食べる。不貞腐れてるわけではない。

 エリカは「オリキスさん」と言いながら、そちらへ顔を向ける。


「魔法の才能って伸ばせないんですか?」


「レベルを上げたところで、素質には限界がある。生まれつき優れた者と同じようにはいかない」


「……」


「おまえら二人揃って、憐れみの眼差しを向けるんじゃねーよ」



 オリキスは口元に小さな笑みを浮かべてエリカに話しかける。


「不得意な分野もね、未熟なレベルでも使えたら、得意を補うときに使える。悪いことばかりではないよ」


「使い様ってことですね。…………」


 エリカは自分の両手と腕を見て考える。二人から魔法の才能があると褒められたが、何の属性が秀でているかは教わっていない。不足しているとすれば……。


「私にはオリキスさんとバルーンみたいな、逞しい腕力や強い握力はありません」


「そうだね」


「鍛えたら強さが増すと思うけど、ムキムキになるのは避けたいです」


 最後の拒絶にバルーガとオリキスは顔を見合わせ、エリカのほうへ向き直る。


「ちんちくりん、武器を使ってりゃ否応がなしに腕の筋肉はしっかりしてくるぞ?」


「!!」


「嫌なら、脂肪を増やして表面を覆い隠すのは?」


「〜〜〜〜ッ……」


 エリカの目がいつになく荒む。


「二人とも、乙女心を理解してないでしょ?」


「気にすることではないと思うが?」と、オリキスは平然とした顔で言った。バルーガは、この手の話は下手に突っつかないほうがいいと察し、傍観を決め込んで蟹へ顔を逸らす。



「気にします。だって、好きな人ができたときに、筋肉量の多い女は対象外って言われたくないですもん」


「僕の婚約者は中肉中背で、筋肉が程良く付いててやや細身だけど、美しい体を維持してる」


(さりげなく自慢かよ)と、バルーガは半眼になり、蟹味噌が付いてしまった右手の親指をぺろっと舐める。

 エリカは指先に力を込めて蟹の甲羅をガッ!と開け、強めの口調で


「素材が違う女性と同じにしないでください」


 と、突っ撥ねた。

 年頃の娘が比較されたら嫌がる--。彼女にもそんな時期が人並みにあるとわかった二人の騎士は、水の蟹へ話題を戻した。





 作戦会議が終わったあと、バルーガは先に帰り、オリキスは自ら勧んで皿洗いを手伝うことにした。いまは直ってるが、機嫌を損ねさせた詫びたい気持ちもあれば、二人で話をする時間が好きという下心あっての行動だった。


 エリカは中身がない蟹の殻をからっぽの桶に入れて外へ出す。オリキスが何をしてるのか尋ねると、雨水にさらし、晴れた日に綺麗に洗って乾かしたら細かく砕いて肥料にするとの説明が返ってきた。



 雨音と生活音の二つを聴きながら、二人は台所で手を動かす。オリキスが左側に立って皿を洗い、水で流す係り。エリカは右側に立って綺麗になった皿を受け取り、一枚ずつ布巾で拭いていく。


「すまなかった。同性を気にしてる風には見えなかったものだから」


 エリカは眉尻を下げて微苦笑を浮かべる。


「だって、オリキスさんの叶えたい願いと何の関係もないでしょう?」


「まぁ」


 オリキスは、歯切れの悪い返事をした。顔には出さないが、バッサリ切り捨てられたような気分だ。


 エリカは拭き終わった皿を重ね、にこっと笑う。


「私の顔と体は子どもっぽくて、仲良しの女友達より胸はちょっと小さいし、色気なんか全然ありません。頑張ったところで、生まれ持ったものは出したくても出せるものじゃないです」


 割り切ってるようで、核に触れると饒舌で卑屈になるくらい気にしてることがありありとわかる。

 オリキスはエリカの体の輪郭を、横目でちらっと一瞥。


「恋愛を経験すれば、勝手に色香は増す。体つきも変わる。考えすぎだ」


「素材が違うのに?」


「君は十分可愛いらしい。まだ原石に近い状態だよ」


「……」


 まったく慰めになっておらず、表情に変化はないが、無言から納得してないことが伺える。


「振る理由が好みの容姿ではなかったと言う男に、君は勿体ない」


「口が上手ですね」


「本心さ」


「オリキスさんは、婚約者さんの何処を好きになったんですか?」


「僕の隣りへ立つにあたって、彼女以上に相応しい女性は居ないと思った。幼馴染みだったから、お互いを知っていたのも大きい。君の想像する恋愛の好きとは違う。必然愛?」


「運命の人みたいで羨ましいです。私の前にも早く現れたらいいな」


 でも、君と居るときみたいに僕の表情と感情が豊かに動くことはないのだと、オリキスは口に出しかけたがやめておいた。不謹慎だと叱られてしまいそうだから。

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