01:キララの森に住まう娘
細かく砕けた珊瑚の死骸が混ざっている、白い砂浜が見えてきた。舟の動きは緩やかなものへと変わり、竜が大きな口を開けたような四角い無人の入り江に到着する。
オリキスは、島の象徴である水鳥たちに目を遣った。
此処に居るだけでも、二十羽はくだらない数。廻ってきた国々でもそれなりに見たが、これほどの数を視界に収めたのは今日が初めてだ。
灰色の尾羽を除き、皮膚を覆う羽は微かにくすみがかった白色。短い足は赤錆色。尖った小さな嘴は黄色い。
水鳥たちの様子は大陸に住まう鳥とあまり大差無く、
ある者は岩の上で毛繕いし、
ある者は咥えた小魚を丸呑み。
各々、自由気ままに過ごしている。
組んだばかりの真新しい木材で造った桟橋の上に、オリキスとバルーガは降りた。
すると、一羽の水鳥が橋のド真ん中に佇み、通せんぼをしている。尾羽の色はほかと同じだが、羽は薄い水色で、嘴と足が黒い。
「おんや、ヌシ様じゃねぇか」
二人が立ち止まっているのを不思議がってどうしたのか様子を見に来た案内役の男は、何を見たのか知るや否や嬉々としてそう言った。
バルーガは妙な顔をする。
「ヌシ様?」
「おうよ。ヌシ様は、島に一羽しか居らん水色の鳥だ」
後付けだろうと思ったバルーガは呆れた表情を浮かべる。
「オレが住んでたときは居るなんて話、ひとっつも聞かなかったぞ?」
「ははは、知らなくて当然!五年前に現れたんだ」
「んなこと言って、同一種じゃねぇのかよ」
「罰当たりめが。おまえさんには何を言っても無駄だな」
信仰の有無の違いで火花を散らす二人をよそに、水鳥はオリキスの静かな目を見つめたあと、翼を広げて背後にそびえる森の向こう側……、島の中央へ飛び去る。
案内役の男は腰に提げている古びた巾着から一枚の封筒を取り出し、バルーガに見せた。
「ところで坊主。帰ってきたついでに、これをエリカちゃんに届けてくれ」
バルーガは受け取って裏面を見る。
「宛名が無いな。差出人は島を去ったヒースか?奇特な奴が居たもんだぜ」
「儂も詳しくは知らんのだ。家は、」
「覚えてる。赤い果実の樹が、家の横に植わっている所の、だろ?」
「うむ。頼んだぞ」
二人の青年は邪魔する者が居なくなった桟橋を渡り、小石が混ざっている砂地に降りた。足を取られそうになる。
此処から二十歩ほど歩いた先の森へ入ると、次第に海水の塩気は薄まり、代わりに花の甘い香りがするようになった。
「オリキス。あんた、暑くないのか?」
「渡航前に言った通り、特殊な素材で作った服だからね。問題はない」
「用意周到な奴だぜ」
バルーガは渡航前、着ていた服をイ国の港で売り、薄手の服を新たに購入して靴はサンダルに変えた。バーカーウェンの出身である彼は、地元がどんな気候かを知っている。
やや厚めの長袖を着ているオリキスに、これから訪れる島は熱帯地方だと伝えた。しかし、耳を貸してくれなかった。
衣服の調達は島でも可能とは言え、早めに薄い布地の服に着替えたほうがいいぞと念を押したところ、
「シュノーブで購入した特殊な魔法の糸で紡いだ生地だよ?平気だ」
と、素っ気なく返された。
口先だけの虚勢と思い、放っておいたが。
(ずっと涼しい顔をしていやがる)
バルーガは「ちっ」と舌打ちをした。
「どちらへ進むんだい?」
「こっちだ」
道は三本、立札も三本。バルーガは『キララの森』と書かれた札を見て右の道を選ぶ。
オリキスは不思議がった。キララとは雲母のことで、それらしき鉱物の存在は見当たらない。暫く歩いてみたが、ひたすら森だ。
「なぜ、キララの森と呼ばれている?」
「花さ」
バルーガは道から二歩外れて黒い花の茎を手折り、戻ってオリキスに見せた。
「普通の花では?」
「驚くなよ」
バルーガは自慢げに笑い、指先に力を込めて、一見柔らかそうな花弁をパキッと折る。
なかは鉱物だった。汁が垂れると、地面の上で固まる。
「へへっ。珍しい物好きが住んでいるロアナに売れば、高い金額で取引できるぜ」
「一輪で事足りる相手ではないぞ」
「交易に詳しいのか?」
「表面上はね」
「魔法騎士っつう職業は、商業の勉強もするんかよ。すげーな」
「オレは付いて行けそうにないぜ」と、バルーガはお手上げ。木の枝が生えている部分に花を置き、再び歩き出す。
*
「あれだ」
森のなかに建っている、こじんまりした家を発見。三角錐の形をした灰色の屋根と、白い煉瓦の壁が特徴の一軒家。
横には、真っ赤な果実が生っている一本の果樹。
バルーガは家に近付き、玄関のドアを二回叩く。
「おーい。ちんちくりーん」
返事はない。
「ちんちくりん、居るんだろっ?」
「昔の呼び方はやめて」
「痛ッて!」
苛立ちが篭もった若い娘の声が聴こえたと同時に、どんぐりの実がコツン!とバルーガの頭上に落ちて跳ねる。
二人は、来た道を振り返る。
「ッ……!エリカ、おまえ尾行してたんかよ」
フード付きの茶色い革ジャケットを着た二十歳の女の子は頷きながら「うん」と言って、あっさり認めた。
オレンジ色の髪に、アメジストのような紫色の瞳。
適度に焦げた小麦色の肌。
ジャケットの下には太腿の位置まで丈がある、赤紫色のシャツ。
腰には幅の広いベルト。
ズボンの裾を入れた、紐付きのショートブーツ。
「帽子のお兄さんは勘付いてたよ。バルーンてば、地元だから気を抜いたのね」
「風船じゃねーよ。こちとら長旅で疲れてるんだぜ?あの海域を越えるのに、どんだけ神経使ったと思ってんだよ」
「あのときみたいな事件、起きなくて良かったじゃない」