バルーガの場合(2)
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「俺?結婚したら退団して、家業に専念するよ?」
新作ケーキを三種類馳走するのを条件に空き時間を作ってくれたアーベズクから、あっけらかんとした態度で答えられた。店内の向かい側の席に座ってるバルーガは、ぽかんと口を開け、やや前のめりになって訊ねる。
「実力も多大な功績もお有りなのに、そんな簡単に捨てれるものですか?」
「勲章や実績の数が違うだけで、君がいつか捨てる気でいる物と何も変わらないと思うけど?」
「天と地の差ほどあります」
アーベズクは右手で持ってるフォークを人差し指のように立てて、左右にぷらぷら振る。
「う〜〜ん、君ってば、団長からも聴いてた通りの頑固者だね。前途有望な若者がさ、不健康でも無ければ家庭の急な事情だって無いのに、挑戦する前から将来決めるなんて惜しいでしょ?」
いや、若いのはあなたもでしょうと、バルーガは脳内でツッコミながら背筋を伸ばし、
「有難うございます」
と、礼を述べた。
アーベズクはこれから食べる三個目のケーキに向かって手を合わせ、三角形の先のほうから食べる。とても幸せそうな顔だ。
「もし、配属先がコルヘニクス様の所になったら、君に尊敬される良き上官になれるよう、俺、頑張るね!」
(…………苦労する絵しか想像できねぇ…………)
あの悪夢みたいな見習い騎士時代……、当時、リーダーを任されていたアーベズクの好戦的態度に別動隊が苦労させられた話を、バルーガは同期から聴いている。彼は騎士時代のティックと良い勝負だと言われるほど、先頭で戦わせてはいけない要注意人物だった(※味方なのに)。現場を任されていなかった教官が、早く宿舎に帰れと説得しに向かった実話もある。
(アーベズク様のもとなら、苦労した分量だけ成長できそうだけどな……。絶対、胃に来る。
スティン様は、どう答えるだろう)
翌日、副団長のもとで働いてるスティンにも相談してみた。此方は条件なしで会話に付き合ってくれることになったが、タダでは申し訳ないからと、バルーガは貴族御用達の飲食店で開かれるパーティーの特別招待状を二枚渡した。
「有難う。妻が喜ぶ」
職場では、冷静沈着を超えて堅物と言われてるスティン。伴侶の話に触れると少しだけ優しい目になり、照れ隠しで口下手にもなる、良き妻帯者である。
アーベズクと違い、既婚者である彼は、結婚を理由に退団する予定が無い。日頃から「自分は自由にするけど、君は駄目だよ」とは言わない安心感もある。
「私は将来、王直属の騎士になるのが目標だ」
「スティン様には、なりたい位置があるのですね。羨ましいです」
「君は三十歳を迎えるまでに退団したいと言うが、なぜ騎士を目指した?金か?名誉か?」
(緊張する……)
まるで面談のようなかたい雰囲気。団長や副官が誰かを呼んで話をするときに使われる専用の小部屋にて机を挟まず椅子に座り、対面してるせいかもしれないと、バルーガは分析する。
「違います。憧れです。島に居るよりかは、かっこいい騎士になりたいって思いました」
「なれたか?」
「納得できる位置には着けたと思います」
「では、仮に今後も騎士を続けていくとして、シュノーブの民を守り続けたい意思は?」
「…………」
ティックにも話した通り、シュノーブにしがみ付くほどの拘る理由が無い。
「……それが想像できないので、地元のバーカーウェンに帰りたいと思ってます。状態に満足するだけで終わりそうですから」
「……。
意地悪い質問をしてすまなかった。
現状に満足できるから長く続けることができる、それを、向いてると捉えていいと思う。
だが、こんな幸せがあってもいいと思える道がほかにあるのも素晴らしいことだ」
真顔で褒められたバルーガは固まり、自問する。
(…………オレの幸せって、何だ?)
「君も良縁があれば、騎士団に籍を置き続ける理由ができるだろうに。
紹介しようか?」
「いえ、結構です」
肩口まで右手を挙げ、真顔で即答した。
「…………バルーガ。何かを守りたい理由が無ければ、失いたくない理由でもいい。悪意を持って他者を怒らせ、傷付けることを目的にしなければいいんだ。
君が騎士団から去るのを私は引き留めないが、籍を置いてるあいだだけは腐るな。生半可で居るな。
それだけだ」
「スティン様……」
「……。妻の妹が、恋人になってくれる相手を探してる。どうだ?」
「謹んでお断りします」
二日後。元恋人のヒムに今後について相談し、新設の補給部隊に異動するバルーガであった。
end




