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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
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【番外編5】もう一人の祖父

【設定】

・エリカが結婚してから六年後の話。

・シュノーブへ行くまでの道中に寄った、ダーバ共和国が舞台。

・シリアスメイン。



 織人の統括ラオイン•エドマンが小国の支配者を選んだ理由は統治のしやすさもあるが、自分の死後も限られた人間が共感という洗脳を受け続けて後世に思想を引き継がせるのか、歴史を証人にさせたいがためにだった。

 エリカの娘ティアが六歳を迎えた現在も、ダーバ共和国の中央広場では、彼を讃える石碑が残されている。




***


 春季の二み月。オリキスはエリカとティアに「寄りたい所がある」と言い、ダーバの市街地から離れた場所に建っている花屋で小さな花束を購入すると、何処へ行くか伏せて、ある場所に連れて行った。



 到着後、エリカはティアと不思議そうに顔を見合わせる。


「お墓?」


 彼が連れてきたのは、管理が行き届いた墓地。

 訪れた人が歩きやすいようにと草は綺麗に刈られ、

 周辺では、死者が安らかに過ごせることを祈って植えられた背の低い花々が、開花の時期を迎えている。



 オリキスは、一番綺麗に磨かれた墓石の前に立った。刻まれてる名前はラオイン•エドマン。

 ティアは隣りに居る母親の顔を見上げた。


「ラオインって、悪い織人だったんでしょ?」


 お伽話に登場する人物としか教わっていない娘とは反対に、エリカは不安にも似た心配顔を浮かべる。


 生前のラオインはクリストュルの父親の命を奪おうと刺客をシュノーブに送り、騎士たちの心に暗い影を落とさせた首謀者。まだ青少年だったサラが仇を討ったが、内側から憎しみが消え去った話は未だ、直接聴かされていない。



「オリキス……」


「僕の心を許すために来たんだ」


「……。……わかった」



 オリキスは墓前に花束を供え、跪いて手を合わせる。眠っている相手は後世にも語り継がれている悪人ではあったが、人として許すため、過去を乗り越えるために此処へ来た。彼の孫娘とひ孫を連れて。


 エリカとティアはオリキスに倣い、立ったまま手を合わせる。



「あら、お客様?」



 後方から、丸みのある温かい声で話しかけてきたのは、品のある衣服を着た老女。剣を携帯した、護衛と思しき若い男が一人、付き添っている。


 オリキスは立ち上がって振り返り、口元に小さな笑みを浮かべて質問返しをした。


「ご家族ですか?」


 彼女は温和な笑みを浮かべて頷く。


「えぇ、私は妹よ。あなた方がお花を?」


「はい」


「有難う。兄も喜ぶわ」


「初対面で不躾ではありますが、生前のラオイン殿について、お話を聞かせていただけますか?」


「あら、嬉しいことを言ってくださるのね。いいわよ」


 大人の会話になると思ったエリカは、ダーバの市街地に住んでる幼馴染みにティアを預けてから、オリキスと二人で老女の屋敷を訪問した。

 背の高い柵に囲まれたそこは敷地が広めで、二階建ての建物は一人住まいでないことが安易に想像できるほど奥行きがある。



 客室に案内されたオリキスは、椅子に座ったあとも達観したように依然穏やかな様子。隣りの席に座っているエリカは彼の真意が読めないまま、テーブルを挟んだ向かい側の席に座っている老女に質問する。


「ラオインさんは、どんな人だったんですか?」


「世間では悪人と呼ばれてる兄でしたけれど、息子を怒鳴りつけたあとは一人でブツブツ文句を言って心配する、何処にでも居るような父親だったわ」


 老女は当時を思い出して、表情を綻ばせる。



「どうして統治を始めたんですか?」


「あなた、当時は子どもだったのね。でなければ、そんな顔して訊けないわ。

 ラオインたちは旅をして馬鹿馬鹿しくなったのよ。本当に、民に王は必要か?民はとても我が儘で自己中心、思い通りにならない。だから、ダーバでは法による支配をおこなった。人間が作った法が王様なの。何でも法が一番。傲慢よね」


 老女は否定してるが、終始、穏やかな笑みを浮かべている。

 エリカの目には、彼女が日向ぼっこをしながら余生を楽しんでるように映った。正直、共感しづらい。



「息子さんは、ラオインさんの考えに納得しましたか?」


「しなかったわ。研究者になってラオインを見返そうと国外へ出たけど、貴族たちの奴隷になった気分だって怒ってたわね。今頃どうしてるかしら」


「お名前を教えていただいたら、もし出会えたときにお話することはできると思います」


「そう。何から何まで親切に有難う。名前は、」



 老女が名前を口にした瞬間、エリカは驚いた。どんな表情をしていいのか一瞬困惑したあと、ぎこちない笑みを浮かべる。



「偶然にも私の父と同じ名前で、とても驚きました」


「まさか、お母様の名前はテレースなんてことはないわよね、さすがに」


 エリカの表情が固まったことで、老女もまた目を見開けて笑みを消した。



「エリカ。僕から話すよ」


「オリキス?」



 彼は、自分の出生と本名を伏せて老女に教えた。

 エリカは、ギーヴルとテレースの一人娘。しかし、ギーヴルは十年以上前に、価値観の違いからラオインを赦せず反抗して最後には殺め、後日、夫婦ともに亡くなったと。



「そう……。変に思われそうな話、兄は織人を名乗ってからも、小さな子どもに関しては、他人の子どもだろうと好きだった。

 だから、最後は騙されたそうよ」


「…………」


「私は十二糸を憎んではいない。だって、兄が死んだのも自業自得だわ。けれど、孫が生まれたと知っていれば、ギーヴルとの関係も少しは改善されて考えを変えていたかしら」


 後悔する老女を見たエリカは酷く申し訳ない気持ちになり、謝罪する。


「すみません。力不足で」


「ごめんなさい、言い方が悪かったわね。責めてるわけではないのよエリカさん。あなたは何も悪くないわ。子どもだったんでしょう?」


 エリカは目頭を熱くさせ、顔を左右にぶんぶん振った。


「でも、知らなくて。お母さんの両親が誰だったか知ったのだって、娘が生まれる一年ほど前でした。父が生きてるうちに、無力でも、子どもなりにもっと話をすれば良かったと思います」


 老女は目を細めて優しく微笑んだ。


「……エリカさん。兄の妻になった人が半分寝たきりの生活をしているの。顔を見に行ってくださるかしら?きっと喜ぶわ」


「お体が不自由なんですか?」


「兄の不幸を一緒に背負いたくて、自分の脚を使い物にならないようにしたの」


「!」


「残りの人生に、ささやかな言葉でいいから何か贈ってちょうだい。あなたに無理を言ってるのはわかるわ。責任感を負わせてしまうのも。

 だけど私では、もう無理なの」



 エリカは屋敷を出たあと、人目を気にすることなく真正面からオリキスの上着を掴み、体を引き寄せて嗚咽を漏らしながら泣いた。



「いつから、……ッ知ってたの?」


「…………実は」



 バーカーウェンに滞在してた頃、ラオインが祖父である事実をアーディンから教わったと聞かされたエリカは、さらに泣いた。

 しかし、彼は黙っていたことを謝罪しない。


 如何に周りが優しく見守ってきてくれたか、エリカは身に染みてわかった。

 ミヤにしてもそうだ。アンシュタットの仕事を放棄し、翼竜のことだけは機会が訪れるまで決して明かさず、大事にしてくれた。


 可哀想だからではない。時が満ちるまで真実を話さずにいたのは、エリカに対して深い愛情があるから。ギリギリまで三人は待った。







 夕食前。宿屋の一室にて、エリカはオリキスとティアに挟まれた状態でソファーに座り、暗い表情で憂鬱な気持ちを吐露する。


「……生まれて初めて、お父さんとお母さんの子どもじゃなきゃ良かったのにって思っちゃった」


 両親のせいで不幸な目に遭わせてしまった者たちに申し訳なさを感じてきたことはあっても、彼女は自身の親を否定せずに生きてきた。


「エリカが島の外に出なかったあいだも争いは起きていた。僕は頼ったことを後悔していない。救われた命と失った命に失礼だからね」


「……」


「クダラは膿を絞り出し、チャイソンは閉めていた蓋が開いただけで、アイネスとアルバネヒトの争いは終わり、イ国は助かった。君の両親がしたことと、君個人がもたらしたことは別だ」


 オリキスは労わりを込めた微笑みで、彼女の心を優しく摩る。


「みんな新しい道を進んでる。もう終わったんだよ」



 少なくとも、植民地化された国は無くなった。アイネスも再出発し、他国への対応は勿論、交友の在り方も改めると宣言。アンシュタットは解散しなかったが、現在は担うべき役目を変えている。



 人はキッカケを作ったり手を差し伸べることはできても、立ち上がるか座ったままになるか決めるのは勿論、いつどんな行動を起こすかそれは本人次第だ。

 加えて、誰かが支えになりたいと申し出たところで、助けを受け入れて前に進もうとする準備が本人にできていなければ、手を握るのは難しい。



 いまのエリカは違う。



「仮に枢機卿様の跡継ぎに君が選ばれたとして、人々から希望や期待という大量の水を注がれて耐えれる大きな器になれるかい?」


「ううん。両手で持てる量が精一杯」


「持てる量だけでいいんだよ」


「うん……。有難う、オリキス。有難う」



 ああ、そうか。この人を迎えに行ったつもりだったが、迎えに来てくれたのだ。私はこの人じゃなきゃ駄目だったんだと、エリカは改めて確信した。



 両親の様子を眺めていたティアは母親の片腕をぎゅっと抱き締め、わざと呆れた風に言う。


「お母様の涙で、新しい川ができてしまいそうだわ」


「面目ないです」


「お父様が付いていながら」


「すまない」


 反省する両親を見て、ティアは笑みを浮かべる。


「ねぇ、お母様」


「何?」


「遅い反抗期だと思うのはどう?」


 エリカは娘の言葉に驚く。


「子どもは親を乗り越えようと意識しなくても、反面教師にして成長する。お父様だって、反抗期があったんでしょう?」


「はは……」


 誰かに教わったなと、オリキスは乾き笑いを零す。



「だから大丈夫よ、お母様」


「……うん」



 ティアは母親から体を離して、すくっと立ち上がる。


「お父様、お母様。ごはん食べに行こっ」


 エリカとオリキスは、微笑み合って頷いた。



end.

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