遠回しの告白(3)
何を話しても受け入れて貰えそうな雰囲気に思えたエリカはテーブルの下で手を重ね、手のひらの内側にじんわり汗を滲ませて打ち明ける。
「……私には、好きな人が居ます。向こうから好きになってくれたのが先で……」
「気持ちは返したの?」
「…………丸ごとあげました。……だから、余計、言えなくて……」
「大人の男と女であれば、石を投げたら何かに当たるのと同じくらい自然なことだわ。気にしすぎよ。それとも、彼奴を傷付けるのが怖い?」
エリカは気まずくなり、重ねている手の指先に力を込め、視線をグラスのほうへ逸らす。
「軽蔑されるのが怖いんです。サラのお兄さんが婚約破棄したの、私のせいだから」
「!」
さすがにこればかりは理解して貰えないだろうと、エリカは彼女の目を見れなかった。
人に褒められる、祝福される恋ではなかったからだ。
婚約者だった女騎士は敵国であるアイネスの魔術師に利用され、クリストュルを裏切り、エリカが誘拐される原因を作った。流刑地同然の、極寒の地区へと左遷させられた彼女は糸が切れたあと脱走し、現在、行方不明。目付きや性格がすっかり変わり果ててしまったのは、それは自らの弱さが招いたことだ。
「……あたしが風の噂で聴いた話。婚約を破棄された人、王妃に相応しい女性だったそうね。気品のある美女で凛々しくて、あなたとは対照的な」
「あらゆる面で私が劣っているのは否定しません。でも、彼女を蹴落として妃になりたかったわけじゃないです。向いてないです」
「……」
「……愛されることに、後ろめたさを感じたときもありました。私のほうからわざとクリストュル様を深く傷付けること言って、気持ちを離そうと試みたこともあったんです。でも……許してくれなかった」
テーブルの上に、涙の粒が落ちる。
エリカが一緒になれない、幸せになれないと泣きながら言っても、クリストュルは我が儘に、一途に愛してくれた。
「…………いまは、サラに、大切なお兄さんを返してあげたい責任感で一杯です」
「本当にそれでいいの?」
「赦されるなら……」
「違うでしょう?」
エリカは涙を拭い、恐る恐る視線を上げた。ソフィリアは口元に笑みを浮かべている。
「彼奴を納得させるなら、自分で幸せを掴みに行かなきゃ」
「どういう……」
「わからない?」
「はい」
「心の底から愛してるんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、王様を迎えに行ってあげなきゃね」
幻滅されると思っていたエリカは、口をぽかんと薄く開けた。
「ソフィリアさん、私に嫌悪、しないんですか?」
「して何になるの?」
「……」
*
エリカは食後に出された菓子を食べ終えると、椅子の背凭れに寄りかかるように体を預け、寝息を立て始めた。
ソフィリアは店の従業員に心付けを渡し、サラを店に連れてきて貰う。
「あたしはもう少し呑んでる。この子を宿屋まで連れ帰ってちょうだい」
「はあ?」
酒瓶を四本も空けて素面の状態で居る女に、頼まれる意味がわからない。サラは、ソフィリアがまたどうせ良からぬことを企んで二人きりにさせたがっているのだろうと勘繰る。
「酒の席に誘ったのはおまえだろ?最後まで責任取れよ」
「何を勘違いしてるのかしら」
「あ?」
ソフィリアが、にやぁと猫のように目を細めてニヤつく。
「指名したの、あたしだと思ってる?」
目を覚ましたエリカが欠伸を漏らし、酔いが残ってる状態でサラの上着を掴んだ。
「サラ、おんぶ」
さすがの彼も、今回ばかりは面食らった。
仕方なくエリカを背負って店を出、家々の明かりが外に漏れ出ている夜道を歩く。
「サラは、とってもかっこいいよ?」
「いきなり当たり前なこと言うな」
「……。でも、駄目なの」
「何がだ」
「代わりにするのは嫌」
「……」
彼はそこでようやく、彼女に好きな人が居るのを知った。悲しみも、怒りも湧いて来ない。ただ、何かを言わなければいけない気がして、何を言うか頭で考えて話さず、心のままに伝える。
「オレはおまえに好きな男が居ても、一時的な感情でも後悔しないって言うなら応えてやりたい。記憶を取り戻すことがあれば好きだった奴の所へ行っていいとも思ってる、懐の広い男だ。
けど、求められない限り、おまえに手は出さない。
気持ちを押し付けずに居たい。
そこだけは、誠実で在りたいと思ってる」
エリカは目尻に涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながら泣く。サラの想いを受け入れたら、大事にして貰えるのはわかっている。クリストュルとはまた違った形で、真摯に愛してくれる未来を与えてくれるだろう。
「有難う、サラ。ごめんね」
謝罪のなかには、色んな「ごめんね」が詰まっている。
ーーあなたの大切なお兄さんと義姉になる予定だった彼女の人生を大きく狂わせてしまったのに責めず、一人で勝手に出て行った私を追いかけてきてくれて、再び仲間に加わってくれた。
ーー気持ちは嬉しいけど、返せなくてごめんなさい。
女としてサラをどう思っているのか、向かい合って顔を見ながら静かに話せる大人にはなれず。酒に酔っているのを言いわけに多くを訊かれずに済む空気を作り、逃げ腰になってしまう自分を赦してほしい狡さに、エリカは子どもの涙を流した。
end.