腹を割って話したい(1)
サラは服屋から出たあと、エリカを洋館に連れて行った。そこが誰のために建てられた物であるかは、外観を見れば一目瞭然。内装と壁画は、王城よりも色の派手さが目立つ。
「あれ?サラ様、奇遇ですね」
弾んだ声で話しかけてきたのはサラより背丈が高い、見た目爽やかな赤髪の青年。左眉の上から左目の下まで、長さの異なる二本の傷がある。
「指揮官ともあろう方が仕事をサボって、ご令嬢をエスコートですか?」
軽口を叩かれたサラは、意地悪い笑みを浮かべる。
「馬鹿言うな。おまえこそ、半日の有給休暇の理由が、一人で菓子を食いに来ることだったのか?」
「新作ケーキが出たって聞いたら、居ても立っても居られなくて。暇なときに来ないと、食べに来れないじゃありませんか」
「ったく。昼は頼むぞ」
「糖分のチカラをナメてはいけませんよ?
では、失礼します」
赤髪の青年は仔犬みたいな人懐っこい笑顔をエリカに向け、頭だけで軽くぺこっと一礼。終始ご機嫌な様子で、洋館から出た。
サラは奥へ進みながらエリカに説明する。
「さっきの男はオレの副官。名前はアーベズク。彼奴もオレと同様、暇なときだけおまえの教官をすることになってる」
「気さくで明るい、優しそうな人に見えました」
「性格は良い奴だが、戦況が劣勢になればなるほどにこにこできる、感覚がズレた危ない奴だぞ?」
「じゃあ、サラ様は裏表が無い、正直な方ってことですね」
(……。褒めてるのか?)
サラは、演奏家を招いて音楽鑑賞を楽しんだり、二組の男女がぶつかり合うことなく優雅に踊れるだけの広さがある部屋にエリカを案内した。
設置されてるのは椅子が二脚、クロスを敷いた長方形のテーブルが一台という、最低限の物だけ。花瓶に挿した花や内装のおかげで殺風景に感じない。
エリカは、サラが人の手を借りずに座るのを見てそれに倣おうとしたが、執事が椅子を後ろに引き、「お嬢様は此方へお座りください」と言って勧めてきた。
「……有難うございます」
こういう場に不慣れな彼女は、礼を言ってから座った。
次いで、腕組みをしてから脚を組むサラの姿を見、嫌味ではない、思ったことを話す。
「ご自宅みたいに慣れてますね」
まるで、家主のように。
彼は興味を持ってくれたことに気を良くし、ふふん、と笑みを浮かべる。
「仕事の付き合いで利用させて貰ってる。おまえは、この手のもてなしを受けたこと無いのか?」
「あってほしいですか?」
真顔で返されたサラは笑みを引っ込め、冷静に考える。
(此奴、機嫌が悪くなるときは、妙に頭キレそうになるんだな)
あの日、謁見の間でクリストュルに反論したエリカは感情的にならず、挑発的な態度をとっていた。
(不貞腐れて文句を言う所は、普通の女と中身大差ないなと思っていたが、冷静なときは自己防衛本能が働くのか?サマラフを庇ってワインを飲んだのも、闇雲に突っ走ったわけじゃなかったって?)
だとしても、死を選ぼうとしたのは、聡明な判断とは言えない。
「訂正します」
「何をだ?」
「あったほうが良かったですか?」
捻くれた質問は相手の反応を窺ってる場合もあれば、どう思われてるのか気になってるから探りを入れてる場合もある。
「オレが恥を掻くと思ってんのかよ」
「それなら、さっきの服屋へ連れて行かないでしょう?」
「政治の話でもないのに言葉の駆け引きなんていう、まどろっこしいのは嫌いだ。試すことを言うな。可愛いくねぇぞ」
「ッ!」
エリカは可愛くないという言葉に、ぴくっと反応した。宿泊中に可愛いと言ってくれたオリキスことクリストュルの顔を思い浮かべ、申し訳ない気持ちになる。
「……すみません。今後はしないように気を付けます」
「…………オレこそ悪かったな。このあいだは、胸ぐら掴んで」




