彼なりの気遣い
※ 遠出から帰宅した日の、翌朝の話。エリカとクリストュル、和解済み。
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一泊二日の遠出から帰ってきた日の翌朝、エリカは客室のベッドの上で目を覚ました。
(……気持ちいいけど、起きなきゃ)
寒さを感じにくくする、特殊な断熱剤を使用した城の内壁。羊毛布団の心地良さ。
この快適な温もりに体を閉じ込めていたい気持ちはあったが、エンが来るまでに着替えなければいけない。
今日から、訓練と勉学に励むことになってるからだ。
(平日はくたくたに疲れて、悩む暇なさそう)
エリカはこれまで誰にも教えて貰えなかった糸力の本格的な使い方を、実践形式で学ぶ。指南してくれるサラが討伐要請を受けて不在になる日と居ても教われない日はサラの副官の指導の下、戦術、戦いの基礎、体力をつける訓練に参加。それとは別に書物を読んで学ぶ、知的な時間も作り、夜は手紙を書き、翌朝エンに渡す……。これが、オリキスがクリストュル王として、エリカに求めている平日の過ごし方だ。細かい話は今日しようと言われている。
(今朝は、なかに入ってる物から自由に選んでって話だけど……)
起床してクローゼットの扉を開くと、一週間分の衣類とブーツが五足置いてあった。明らかに、クリストュルの好みが反映されてそうな物ばかり。国王から接待を受けるとはこういうことなのかとエリカは思う。
(旅に無関係の服ばかり揃ってると、何だか違和感を覚える)
性を意識しすぎない動きやすい服に着替え、仕上げに髪を一つに束ねようとしたが、髪は下ろしてるほうが好みだとクリストュルに言われたのを思い出し、やめておくにした。
「……滞在期間、早く終わらないかな……」
ーー コンコンッ
「!」
ドアをやや強めにノックする音が室内に響いた。
エリカはエンだと思い、ぱたぱたと駆け寄りながら返事をする。
「はいっ」
「オレだ」
「!?」
彼女はドアの前で、ぴたっと足を止め、嫌そうに表情を歪める。
(サラ様が来るなんて話、聴いてないよ?)
あいだに人を置かず対面するのは、些か抵抗がある。
「おい。居るんだろ?」
(声、ちょっと怒り気味だ)
しかし、逃げてばかりでは駄目だとエリカは思う。滞在期間が終わったら、ともに旅をすることが決まっているのだから。仲良くとまではいかなくても、距離を縮める努力はしておいたほうがいい気はする。
(全部、クリストュル様のためと思えば……)
思えればいいのだが、エリカはノブを怪訝そうに見つめる。
「早く開けねぇと、勝手に入るぞ?」
「〜〜……」
彼女が渋々ドアを開くと、やや怒った表情で腕組みをしてるサラが居た。
「今日はオレが、おまえの時間を半分独占する」
エリカは、気持ち悪い物を見るような顔をした。
「ごめんなさい」
「!?」
彼女は謝罪した直後に、ばたん!とドアを閉じて後退。しかし、二秒後には向こう側から開けられてしまった。
「閉めろとは言ってねぇぞ?」
サラの眉間の皺が先ほどより濃くなっている。
通路に立ってる騎士たちが(最悪、エン様を呼びに行かなきゃならねぇな)と注意深く様子を見守るなか、エリカは言った。
「私、クリストュル様から勉強するよう言われてます」
「それはあとでいい。詫びに付き合え」
「要りません」
「何だと?」
「クリストュル様から謝罪をいただきました。十分です」
サラは右手の親指を立てて、自分の顔を指差す。
「だから?オレはオレ、兄貴は兄貴」
「…………」
「…………」
「……わかりました」
先に、睨み合いから降りたのは、エリカだった。
「その代わり、詫びだと言っておきながら恩を押し付ける真似はしないでください」
「するかよ。ほら、さっさと行くぞ」
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「女向けの服だと、此処が人気らしい」
サラは上流階級御用達の、建築面積が広めの服屋にエリカを連れて行った。
「欲しい物を好きなだけ選べ。金はオレが出す」
少し離れた場所に立って話を聴いている令嬢たちは、「きゃあ〜〜ッ!羨ましいですわ!」と、黄色い声を発した。エリカは(代われるものなら代わってあげたい)と思う。
「既に用意してくださってる物がありますので、要りません」
「それはそれ、これはこれだ」
(あぁ言えばこう言う)
「普段着用に五着、靴を二足。わかったな?
店員、選んだ服は城に届けてくれ」
「畏まりました」
サラとクリストュル、二人の性格は似てないとエリカは思っていたが、いまこの場で改めることにした。
「買った代わりに反抗するな、返金しろは無しですよ?」
「んなケチくさいこと言わねぇよ」
(もし言われたら、クリストュル様かエンさんに告げ口しよう)




