【番外編1】拝啓、お祖父様
※オリキスとエリカが結婚して、凡そ半月が経った頃の話。ややコメディ寄り。
※ざっくりした感じに進みます。
ハンスのもとに、孫娘であるエリカから初めて手紙が届いた。
宛名を視界へ入れた際、彼は目尻を下げるほど嬉しかったが、不意に(何か悪い話だろうか?)と憶測が過り、不安を感じて手を止める。
寿命がこれ以上縮むのが嫌で妻のミシャに開封を頼み、便箋に書いてある文章を、先に目視のみで読んで貰ったところ……。
「ハンス。可愛い孫娘が、わたくしたちに会いたいと言ってるわ」
「!」
「殿方と一緒に」
*
.°・
歓迎との返事を出して数日後、神殿の庭園に現れたのは、優しい色のワンピースを着たエリカ。
と、紳士的な服が似合っている、整った顔立ちをした二十代後半の若い男。孫娘は意外に面食いだったのかと、ハンスは一人納得する。
(品がある立ち姿……。貴族か、裕福な商家で育った倅だろうか?)
エリカは恋する乙女のような照れが入った笑みを浮かべて、隣りに居る男を紹介した。
「此方の男性、私の夫になってくれた人です」
「おおっ……!結婚なさったのですね、おめでとうございます。名前は何と仰るのですか?」
「オリキスです」
「!!?」
ハンスは衝撃を受けた。枢機卿という職務を長年務めてるおかげで、表情は何とか保たれている。
(信頼しているサマラフ殿であれば大賛成だったが、よりによってバーカーウェンからエリカ殿を連れ出した張本人。良く言えば、彼のおかげで孫の顔が見えた。悪く言えば、世界の望みとはいえ、彼のせいで世は乱れて再出発することになってしまった。元凶だ。頭が痛い)
数秒間のうちに、心のなかで言葉を垂れ流し、
(……だが、本人である確証は無い!)
確認を保留しておいた。
オリキスは素直に一礼して謝罪。
「事後報告で申し訳ございません」
エリカは、やや慌てた様子で彼を庇う。
「ハンス様。お祖父様とお祖母様が、何処の誰なのか話してなかった私が悪いの。許して」
謝罪をしてる割りに本音か疑ってしまうほど、二人の幸せな雰囲気が逆光となって放たれすぎてて眩しい。ハンスは(反対したところで、もうどうにもならない……)と思って諦めた。
「私は孫娘の幸せを壊さないと約束してくださるのであれば、あなたを祝福致します」
嘗て、エリカの生死や処遇を、他人であるサマラフに任せると言ったことがあった。そんな自分が壊さぬように頼むのはお門違いだとハンスはわかっている。
若い二人は顔を見合わせ、ハンスのほうへ顔を向けた。
オリキスは一つ頷いてから口を開く。
「誓います」
彼から敵意は感じない。清々しさのあまり、名前が同じだけではとハンスは疑いつつ、二人が夫婦になったのを一旦受け入れることにした。
もしも本当に魔法騎士オリキスであり、シュノーブの国王だった人物だとすれば……。
現実を受け止めて咀嚼するための準備時間が、もう少し欲しい。
「このままお帰りになるのも何でしょう。お茶でも飲みながら、話を聞かせて貰えればと思うのですが」
「有難うございます」と、エリカ。
「お言葉に甘えさせていただきます」と、オリキスが続けて言う。
ハンスは妻のミシャも誘い、眺めの良いテラスに行って、四人で会話をすることに。
席に着いて早々、ミシャは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、オリキスに「確認させて貰いたいのだけれど」と切り出して、シュノーブの魔法騎士だった人物か尋ねた。
ハンスは妻の単刀直入しすぎる質問に冷や冷やしたが、オリキスは柔らかく「はい」と返事。ミシャはそれだけ聞いて雪国の暮らしはどんなものだったか、バーカーウェンに来て苦労は無いかなど、話を聞く。
ハンスは彼がキレ者だった説とは逆の、物腰柔らかな印象を与える話し方に目を丸くして驚いた。
途中、ハンスは席を立ってオリキスを誘い、二人で話す機会を用意する。
腹を決めた。
「改めてクリストュル様。謝罪して済む話ではないのですが、娘と、娘の夫のせいであなたとご家族を苦しめてしまったこと、申し訳ございませんでした」
我が子とその夫が世界に唆されていたとは言え、当時二人を諭せなかったハンスは責任を感じ、深々と頭を下げた。
「……。枢機卿様はエリカに対して、どのようなお気持ちでいらっしゃるのですか?」
ハンスは顔を上げた。暗い表情は見せてもオリキスと目を合わさない。どんな顔で自分が見られているのかが怖い。
「悪い祖父だと思っています。本来であれば孫の成長した姿が見えて嬉しいはずなのに、サマラフ殿が初めて教会へ連れて来たとき、悲しいと思いました。なぜ、災禍に巻き込まれなければならないのか。娘と婿がしたことなのに」
「……」
「罪悪感で一杯です」
懺悔とも受け取れる胸中を吐露したハンスに、オリキスは優しい笑みを浮かべた。
「話してくださって有難うございます。実は、良く思われないのを承知で、此処へ来たので」
「!」
「父が生きている、いないに拘らず、僕は他国の姫君かご令嬢を迎えることもできました。
ですが、シュノーブがアイネスに脅される選択肢だけは回避できません」
カロルは様子を見て、最終的には力づくでシュノーブを属国化するつもりだった。
そうなれば、
「ほかの誰かがエリカをバーカーウェンから解き放っても、僕が生存していれば必然的に出会い、惹かれていたでしょう」
何年先だろうと、結ばれずに終わっても避けれない宿命だった。
ハンスは、ぽかんと真顔で呆ける。
(私は、惚気話を聞かされただけのような気がする……)
取り敢えず、許してくれてることはわかった。
「ところで枢機卿様。折り入ってお願いがあります」
「えぇ。どのようなご用件でしょう?」
「譲っていただきたい物があるのです」
(まさか、枢機卿の座!?)ハンスは青褪めた顔をして目を見開いた。
オリキスは変わらず微笑んでいる。
「ハンカチでもよいので、エリカに一つ、何か持たせてくださいませんか?離れた場所に家族が居るのをいつでも実感させてあげたいのです」
***
**
*
暫くして、エリカから手紙が届いた。懐妊の報告である。
ハンスはミシャと相談し、必要な物を送った。栄養価の高い食べ物、産着など。此方へ呼ぶべきかと慌てたが、下手に母体を動かさないほうがいいと思い、留まることに。
後日、無事に出産したとの手紙が届き、ミシャだけ先に会いに行った。
エリカは喜んだ。実の両親が居ない代わりに祝ってくれる、祖父母の存在に。
生まれた女の子の名前はティア。
彼女がハンスの意見を突っ撥ねて王族に嫁ぐことになるのは、ずっと先の話である。
END