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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx イ国【三度目の訪問】
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彼女の好きな人




 エリカたちは神殿勤めをしている僧兵を介して参加証を受け取ったあと、格安で泊まれる踊り場付きの貸家(かしや)を探し、舞踏会が終わるまでのあいだ契約することに決めた。

 宿屋で踊りの練習をすれば、ほかの宿泊客に迷惑をかけるとの理由もあるが、たまには共用ではない風呂に浸かりたいというサラの強い要望だった。



「よし。此処にするか」


 三人が選んだ貸家は、一人分の幅しかない小さな石橋を渡った先にある、池に囲まれた屋敷。大人が誤って落ちても溺れずに済むよう浅めに設計されており、水は常に循環され、澄み切った状態を維持している。

 但し、


「遊泳は、ご遠慮ください。此処で何かを洗うのも禁止です」と、仲介屋に言われた。稀に困った客が居るとのことで、三人に説明したのだった。


 サラは(緊急時は諦めてくれ)と思いながら、快く了承。仲介屋の用意した契約書に名前を記し、前払いで賃料を支払う。

 素直に黙って注意事項を受け入れるのがエリカ。

 ユンリは無表情だが、遊泳したり洗濯をしてる客の姿を想像し、心のなかで(異世界にも居るんだな、そんな人)と呆れる。



 仲介屋が機嫌良く帰ると三人は軽装姿になり、応接間に入ってソファーに深く腰掛け、背凭れに重心を預けた。

 皆、(…………極楽だ)と思って沈黙する。

 全身に蓄積してる長旅の疲れを吸い取ってくれているような気分。踊りについて話をするために此処へ集まったものの、日中であるのを忘れて眠りたいほど、非常に座り心地が良い。



 数十秒が経ち、(このままじゃ話が進まない)という危機感を真っ先に覚えたエリカは姿勢を正して無理やり気分を切り替え、ハンスから得た助言がどんなものだったか二人に話した。



「ーーーー……って、教えてくれたの」


 サラは真面目な表情で「なるほどな」、と言って、一度は関心を持ったが。


「ショウエンの野郎が逃げないように道を塞ぐ方法を探すのは後回しでいい。鏡が先だ。ユンリ、おまえ踊れるのか?」


「一曲程度なら」


「その口振りでは期待できねぇな。エリカは?」


「無い」


「絶望的じゃねぇか、ったく。今日から特訓するぞ」


 王族の嗜みの一つとして、子どもの頃に教育を受けていたサラは自信がある。勝つ気満々だ。

 ユンリは苦い表情をするエリカの顔を見、

「頑張れ」と、

 本当に応援してるのか怪しい淡白な声音で言った。明日か明後日にはあぁでもない、こうでもないというサラの厳しめの指導が原因で終いには口論になるのだろうと、毎度、仲裁役を買っている彼は予想する。自分の仕事はそちらであると。



 サラは立ち上がり、エリカの前に移動。右の手のひらを上に向けて差し出す。



「手」



 淑女の扱いがまったくなっていない、紳士としては不適切な、雑な言い方。飼ってる動物にお手をするよう、要求しているのと似た雰囲気だ。


 エリカは視線を左に逸らし、嫌そうに返す。



「やだ」


「ああ゛?」


「やだもん」


(反抗期かよ)とサラは苛々し始めたが、ある予想が過り、差し出していた手を引っ込めて背筋を伸ばすと自分の顎を左手で緩めに掴み、意地悪い笑みを浮かべてエリカの顔を見下ろす。


「ははぁん?ひょっとしておまえ、男に慣れてなくて、腰を触られたり体同士を近付けることに抵抗でもあるのか?経験が無けりゃ仕方ねぇけど」


 彼女は揶揄いを聴き流さず、むっとした表情で睨み付ける。


「サラには関係ないでしょっ」


(あるのかよ。ほんとに何処のどいつが相手だ)と、サラは再び不機嫌な顔をし、脳内で舌打ちした。


「別にどっちだって構わねぇ。兄貴を取り戻すためだ。一日でも早く上達することだけに集中しろ」




°*.

° ・



 ユンリが一人でヒュースニアを探索し、情報収集しながら買い物をするあいだ、サラとエリカは着替えて踊り場へ行き、基礎練習に取り組んだ。



「……はあ、……はあ。……もうやだ……ッ……」


 休憩を挟みながらとはいえ、夕方になるまで練習を強要されたエリカはへとへとに疲れ、踊り場の隅に置いてある椅子に座り、テーブルの天板に突っ伏した。口から魂が出そうになっている。

 指導する側のサラは、まだまだ元気だ。


「はあ、だらしねぇ奴。オレは先に着替えて風呂の準備してくる」


 彼はエリカをその場に放置。

 踊り場を出て、二階にある寝室のうち一室に入ろうとしたら、あとから階段を上がってきたユンリに「サラ」と名前を呼ばれ、一緒に部屋へ入る。



「ったく。初日は遠慮して、手に触れねぇとこから教えてやってるのに。難しいだの、動きが速すぎだの、彼奴、注文が多すぎなんだよ」


 汗で濡れた上着を脱ぎながらぼやくサラに、ユンリは、ははっと小さく笑って揶揄う。


「相手役になれて嬉しい癖に」


「うるせぇ。オレはまともに女と付き合ったことがないから、扱い方に苦労してるんだぞ?」


(それで慎重なのか)


 端的ではあるものの、恋愛遍歴を聴かされたユンリは少し驚いた顔をした。異性に対しても勝ち気な性格をオープンにする裏表の無さが原因で関係が進展しなかったことはあったようだが、サラのキリッとした目付きや勇ましさに惚れる女の一人や二人、居てもおかしくない。実際、ユンリがシュノーブに滞在してた頃、縁談の話があったくらいだ。


(過去に一度か二度は、交際経験があるから、エリカさんを前にしても上手くオンとオフを使い分けて接することができてると思ってた)


 ユンリは、サラが脱いだ服を籠に入れてるのを眺めながら訊ねる。


「じゃあ、あんたにしてみれば、エリカさんて初恋?」


「違う。リラだった」


「お兄さんと奪い合いだったのか?」


「全然、そんなことにはならなかったぜ。リラが兄貴の婚約者に選ばれたときは応援した。悔しくも悲しくもなかった」


「あっさりしてるんだな」


 ユンリは、先ほど購入した半袖を手渡した。


「……どうだかな。エリカのことは頭の片隅で、可能性あればいいのにって思っちまう。諦め悪くてダサいだろ」


 サラは自分を嘲笑うように、はっと笑った。

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