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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx 天牢の雪国シュノーブ
128/143

優しさの種類



「……昨晩は責めちゃってごめんなさい。

 オリキスさんが地図を見ながら寄る寄らないって言ってた国、訪れてみてわかりました。私が何かを知った上で、初めから優しくしてくれていたのも」


 ポルネイで別行動をとることが決まったあと、寄り道せず予定通りに移動していれば。

 忍ノノビ族の里アンコウに干渉せず、イ国の王族内で起きていた諍いに関わらなければ。

 凡ゆる真実に、傷付かずに済んだかもしれない。

 選択しなかった自分のせいだ。誰のせいでもない。


 エリカは、オリキスに置き去りにされた理由も悪く捉えなくていいと思い込んだほうがラクのように感じてきた。人のせいにして苦しむよりマシだと。



(……この()は、また誤解してるのか。……誤解させてるのは、僕が原因のような気もするが)


 彼は彼でエリカの心が何処へ向かっていこうとしてるのか、些細な表情や仕草も見落とさないよう、注意深く観察していた。



(どうすれば、縋ってくれるのだろう)


 どうすれば、もっと近付いてくれるのか。



(今朝、エンが言ってたな……)


『気を引きたい気持ちが勝ちすぎて、信頼回復に努めることを怠ってしまったなんていう、馬鹿げたお土産は要りませんよ』


 オリキスは従者の文句……、ではなく、助言を思い出した。


(賭けになるが、気になってる点を確認する上では必要な課程だ)


 彼は、彼女の目を真摯に見つめて口を開く。



「答えれる範囲内で、種明かしをしようか」


「!」



「本当なら、ポルネイに到着後も三人で旅をする予定だった。ところが何の巡り合わせか、偶然にも『彼』の姿を見つけてね。急遽変更になったわけだ」


「『彼』って、ゼアさんのことですか?」


「あれにも会ったのか」


「はい。絡まれて大変でした」


「……」


 片手でカップを持ち上げ、茶を口にして視線をテーブルの真ん中へと移動させるオリキスの、何か沈思する表情。それと併せ、(()()って言い方から察するに、ゼアさんに対する印象イマイチっぽいんだ?)と、エリカは解釈する。



 オリキスはカップを置き、再び正面を向いて質問した。



「 ----は? 」



 エリカは目を丸くして動きを止める。オリキスが何かを訊いてきたのはわかったが、最後の「は?」以外、聴き取れなかった。


「すみません。もう一度言ってくれますか?」


「----」



(口の動きしかわからない。周りの音や人の声は、はっきり聴こえるのに)


 エリカは自身の体に何かしら異変が起きてるのだろうかと不可解に思い、自分の耳を触るなどする一方、オリキスは依然、冷静なままだった。彼は手が空いている男の店員に話しかけて紙を一枚貰い、インクと筆を借りると、標準語で『サマラフ』と書いた。



「エリカ。これは読めるかい?」


「何が、書いてあるんですか?」


「文字は視える?」


「いいえ。筆先が紙に触れた瞬間はインクの色が見えてたのに、そのあとは透明になっていって……。手の動きを観察したけど、頭のなかに入って来なかったです」


「……」


「てっきり、オリキスさんが仕掛けのある魔法か何かを、目の前で見せくれてるのかと思ってました。ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。では、これはどうかな」



 彼は紙に、自分の名前を書いた。エリカは、


「ばっちり読めます」


 ぱっと答えることができた。



「君が読めなかったのは、僕がポルネイで引き合わせた『彼』の名前だ」


 オリキスは紙を折り畳んで懐へ仕舞った。

 ーーそこへ。



「お待たせしました。ご注文の朝食です」



 店員が二人現れた。

 一人はナイフ、フォーク、スプーンが入った容れ物を置き、もう一人はテーブルの上に料理を並べていく。


・元は棒状であったのを斜め切りにした、耳が少し固めのパン。

・煮るときに乾燥させた樹の葉を入れて風味をつけた、角切り野菜の温かいスープ。

・三種類の蒸し野菜。シュノーブ産。

・直径が親指の半分くらいある、まん丸い形の黄色い果実。皮付き。

・薄切りにした生魚の塩漬け。香草などを混ぜ合わせた調味料を塗り付けてある。

・パンに塗るクリーム。専用のバターナイフ付き。



「じょあ、食べようか」


「はい。いただきます」


 何も聴かなかったような平気な様子でエリカは手を合わすと、温かいパンに手を伸ばした。齧った瞬間パリッという音は立ったが耳は薄く、内側の白い部分は柔らかめ。簡単に噛み千切ることができた。



「僕が君を連れた状態で、万が一『彼』に遭遇していたら色々まずかった。バルーガにとってもね」


「バルーンは元気にしてますか?」


「好きだった男がどんな人物だったか、興味ないのかい?」


「だって、ちっとも思い出せない人のことを気にしてどうするんですか?」


 呪いによる喪失とはいえ、此処まであっけらかんとされると思っていなかったオリキスは少し呆気に取られた。だが、安心もした。スプーンでスープを掬い、ひと口飲んで小さく微笑む。



「君らしいね」


「パン、美味しいです」


「それを付けて食べるのもお勧めだよ」


 彼はバターナイフでクリームを適量掬うとパンに塗り付け、上に薄切りの魚を乗せて食べる。

 ほかの食べ方もあるのを知ったエリカは、一枚目のパンを食べ終えてから倣った。口内に入れた直後、目を輝かせ、空いてる手で口を押さえる。



「バルーガは元気にしてるらしい」


「……。喧嘩、したんですか?」


「ポルネイで君と分かれたあと、猛烈に怒ってたよ。シュノーブへ帰ってからは会っていない」


「会いに行っても……」


 エリカは語尾を下げ、機嫌を伺うような目をした。

 彼は何と答えるべきか小さく首を傾げて考える。逃げない約束をしてくれるならと、そんな脅迫じみた酷い要求をしたくなったが、言い方がキツい。


「バルーガは騎士団長から有望視されてる、有能な騎士だ。訓練や任務の邪魔は、くれぐれもしないようにね」


「はい」


 オリキスとしてというより、クリストュル王としての注意に聴こえたエリカは、素直に聞き入れた。



「嫌な男だろう?」


「バルーンがですか?」


「僕のことさ。実のところ、君に優しくできたことなど、一度も無かったかもしれない。して貰うばかりだった」


「……」


「今日も狡いことを考えてる。わかってるだろう?」


 意味深な言葉にエリカは目を丸くし、次いで、微かに頬を染めた。昨夜の出来事を、脳裏に浮かべたせいだ。


「……嫌に思ったことはありません」


「敵わないな」


「ずっと、そう思ってたんですか?」


「あぁ。振り回されるのを、何度も受け入れて貰ってる気分だった」


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