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Aldebaran・Daughter  作者: 上の森シハ
Chapter.xx 天牢の雪国シュノーブ
126/143

雪割の時間

*.

.° *



 朝の陽光が反射して輝く雪原の上を、一頭の馬が一組の男女を乗せて軽やかに走る。二人の心境などお構いなく、ご機嫌な調子で。



(…………変な気分。寒いのに癒やされる……)



 雪国ゆえ、周辺は色数少なく気温は低いが、自己嫌悪に陥っているエリカには、温かさから切り離されたこの白くて凍える景色が天国みたいで有難かった。



「この景色を見ても、案内役として仕事をする気になれるかい?」


 体を囲うように後ろから両腕を伸ばし、手綱を握ってる手を上から支えて馬の操縦を教えてくれる、懐かしい姿の彼に質問される。振り返らなくても、口元に何処か意地悪い、薄い笑みを浮かべてるのを想像させる声だった。


 空気を読んだ上での彼の揶揄いにエリカは笑みを浮かべ、わざと捻くれた風を装う。



「王様なの内緒にして笑ってたのは酷いですよ」



 彼は目元を緩ませ、小さな笑みを浮かべると、温かみのある声で返す。



「悪かった」


「……」



 呆気ないほど簡単に謝罪され、許される。言わせてしまった罪悪感からエリカは浮かない表情をし、黙って遠くを見つめた。



 彼女はいま、魔法騎士オリキスに扮したクリストュルが操縦する馬に跨り、近隣の町ザルディアへ向かっている。アルデバランの娘ではない時間がエリカには必要だという、クリストュルなりの配慮だ。主君に命じられたエンが持ってきた、このピンク色のケープと、同色のワンピースも。

 今日から一泊二日の外泊に、護衛を一切付けずに魔法騎士オリキスとして共に過ごすのもまた、心を宥めさせるための物。職務を放棄してまで用意した。


 バーカーウェンに滞在中、「一緒に観光係りをしませんか」と言われたことを彼が覚えていて口に出したのも、回顧させるのが目的だと彼女はわかっている。気付かれているのを彼もまた知っていた。そういう意味では、互いに隙など無い。


 しかし、秘密はある。


(バーカーウェンに居た頃、オリキスさんはシュノーブの国王を助けることができなかった、間に合わなかったって、後悔を引き摺っている様子だった)


 過去に、シュノーブで何が起きたのかエリカは知らない。亡くなった国王がクリストュルの親か不明だが、敬愛していたのは事実だと思う。


 彼が言いたくなるまで待つべきか、訊くべきか?


 エリカはアイネスへ行ったとき、カロルに面と向かって言われた。元凶の娘だと。翼竜のことが両親を指していたのもそこで知り、昨日はサラから、

『翼竜は娘に、世界のチカラを封じ込めた記録を残したんだぞ?冗談も大概にしろよ』と責められた。赦されない何かを、オリキスとしてバーカーウェンに現れたときからずっとクリストュルが包み隠しているとすれば、再会後も沈黙を貫いてるのは優しさだ。


 エリカのほうから訊けないのは、自身の心の負担が増して再起不能になるのが嫌だから。目を背けたい気持ちがある。




 *°.




「いらっしゃいませ、オリキス様。息子の遣いから話は伺っております。ごゆるりとお過ごしくださいませ」


「有難う」


 貴族御用達で有名な至れり尽くせりの宿屋も建ってるなか、オリキスはエンの両親が営んでいる宿屋を昨夜のうちに手配して貰った。

 部屋数は少なく、限られた人数しか泊まれない。秘密厳守、融通が利く、何か騒動が起きたとき協力してくれる強力な味方であるなど、何かと都合が良い。



「オリキス様」


 カウンターの内側に立っているエンの父親は、宿帳に偽名を書き終えたオリキスに顔を近付けるよう手招き。にやにや笑いながら、小声で話しかける。


「遂に、遊びを覚えるようになったのですね。良い傾向だと思います」


 エリカは座布団を敷いてある長椅子に座って温かい茶を飲み、エンの母親と他愛のない話をしている。

 揶揄いを受けたオリキスは、幾ばくか優しい目をした。


「火傷を愉しむ程度の感情なら、お忍びで連れて来ませんよ」


 と、言って、彼女のほうへ歩いていく。

 エンの父親はニシシと笑い、


「それは失礼しました」


 と、軽口を叩くように謝罪した。



「エリカ。行こうか」


「うん」



 彼女は盆の上に湯呑みを置くと、エンの母親にご馳走様でしたと礼を言い、オリキスから差し出された右手を握り返して立ち上がった。



 馬宿に馬を預けた二人は、これから町中を散策する。


「まずは朝食にしようか」


「どのお店がおすすめですか?」


「歩きながら探して……、気になった店があれば教えてくれ。君の好奇心に従おう」


 エリカは少し眉尻を下げて、控えめな笑みを浮かべる。


「私、バーカーウェンのときみたいな、無鉄砲なことはもうしません」


「僕の肩書きを意識してるのかい?」


「いいえ。恥ずかしいからです」


 オリキスは眼鏡のブリッジを右手の中指で押さえ、ははっと小さく笑った。エリカは首を傾げる。


「何か変なこと言いました?」


 彼は手を下ろし、首を左右に振った。


「君の目に、ちゃんと男に映るようになったのかと、自惚れてしまいたくなっただけだよ」


「私が大人になったんです」


「……。出会ったときから、君はずっと大人だった。いまもね」


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